┣ File.02 勤務交代と打ち合わせ
TKエネルギー開発社、最上階にある役員フロア。
一般フロアとは違い、落ち着いた色合いのカーペットが敷き詰められ、高級感のあるドアが並ぶ一角に社長室はあった。
その社長室前で藍野が制服姿で立哨中、社用スマホへメッセージの着信を知らせるバイブの振動があった。
藍野は上着の内ポケットを探り、スマホを取り出してメッセージを確認した。
送信者は紅谷だった。
メッセージを確認して内心でニヤけ、また立哨に戻った。
あと8分程で勤務は終了。
終わったら柴田の所へ話に行こうと表情だけは警護員の顔に戻して時が過ぎるのを待った。
「お疲れ様です、藍野さん。交代の時間ですよ」
一般男性にしては普通だが、藍野と並ぶと小柄に見える朝海が声を掛けた。
「おー朝海、お疲れ様。じゃ申し送りしようか」
藍野は朝海から受け取ったタブレットに注意事項や伝達事項を記載しながら話していく。
GPSの位置も社長室から動いていない事を2人で確認した。
「……申し送りは以上です」
「お疲れ様でした、交代します」
お互い敬礼を交わして、交代した。
藍野はふぅ、と一息つき、立哨で固まった首をまわし、高坂社長の護衛を交代したその足で、藍野は秘書チームがいる部屋に顔を出しに行った。
「お疲れ様です。柴田さん、ちょっといいかな?」
「どうしましたか? 藍野さん」
柴田と呼ばれた女性はぴょこんと立ち上がり、ふわふわと少し長めの髪を揺らして小動物のように藍野へ駆け寄り、誘われるまま部屋から出た。
女性社員からは微笑ましい視線だが、一人の男、四ノ宮だけは憎々し気に、柴田の背中越しに藍野を睨みつけていた。
藍野も気づいていたが、相手にもせず柴田を自販機の並ぶ小さな休憩スペースに連れ出した。
「あああ、四ノ宮さんが怖いよ。めっちゃ見てるぅ。俺、あの人の目が苦手……」
四ノ宮の目は爬虫類っぽくて嫌な感じだと、表情に出さないまま、藍野は情け無い事を言った。
社内では恋人らしく親しげにして欲しいとの柴田のリクエストで近づいて親密さを醸しているが、会話には全く甘い雰囲気はなかった。
「何言ってるんです。私なんて毎日見てるんですよ。ところで用件は何ですか?」
「それそれ、紅谷からメッセージ来たんだけど、見た?」
藍野は四ノ宮に見られている事をとりあえず忘れ、上機嫌で楽しそうに話し始めた。
「ああ、見ましたよ 。来週の日曜日ですよね」
随分と楽しみなのねぇ、と柴田は子供を見守る気分で微笑ましく思った。
柴田は同期で二人の仲の良さを知っているだけに、正直自分と樹が邪魔なんじゃないかと思っていた。
そんな配慮も気づかぬ鈍感男はメッセージ通り二人の運転手役を買って出た。
「俺、車出すから待ち合わせ場所決めようと思って。どこがいい?」
「そうですね、場所はいつもの横浜駅西口で。樹は私から連絡しておきますよ」
「あ、俺、ちょっと早く行って花束引き取ってるから、早く着いたら連絡して」
藍野はスマホを取り出して、ウキウキとスケジュールアプリを開き、プライベート予定として放り込んだ。
その前日の土曜日に見覚えのなのない予定が勝手に入れられていたのを発見した。
『10:00、【必ず】藍野はクリニック【来い!】』
同じ予定がクリニックの医師の予定にも入っていた。
「うぇぇ、折角の連休なのに
赤字とカッコ付きで入れられてるところに、逃すまいと並々ならぬ気迫を感じる入れ方で、藍野はしまったと思っていた。
「えっ。綾音先生って、作戦以降ずっと行ってなかったんですか?」
柴田は驚いて聞き返した。
彼ら強襲強行ライセンス持ちで作戦行動に参加した者は、作戦の精神的影響と負担チェックの為、終了後2週間以内に必ず医師の診察を受ける決まりになっていた。
あれからひと月は経過している。
「ああうん。忙しくてつい後回し……怒ってるかなぁ、怒るよねぇ。嫌だー、行きたくないよー」
スマホを握りしめ、でかい図体でうだうだと駄々をこねる同僚に呆れて柴田は最後通牒を出してやった。
「大人しくさっさと行って怒られて下さい。作戦終了後2週間以内に予約しろっていつも言われてるじゃないですか。アシスタントは何も言わなかったんですか?」
確かにアシスタントの沢渡から予約を入れてやるからと何度も何度も言われていたが、つい断り続けてしまっていた。
「……言われたけど、今は神戸優先。仕事だから仕方ないよね、うん」
横を向いて自分を納得させるように藍野は答えた。
何せ今年は詩織が受験生。
しかも内部進学ではなく、外部の大学を推薦で受けるため、時折小論文のアドバイスもしていた。
「さっきから浮いたり沈んだり忙しい人ですね、藍野さんは。そんなに紅谷さんの結婚って嬉しいものですか?」
柴田はこらえ切れなくてとうとう噴き出して笑った。
「そりゃ嬉しいよ。だって紅谷ってさ、『結婚? 何それ美味しいの』って奴だったのに、俺より先に結婚して、しかも女の子のパパだなんてさ!」
喜色満面の笑顔で独身時代の紅谷を語り始め、止めないと延々と語り続けそうな気配の藍野に付き合うのは危険と判断した柴田は適当なところで止めてやった。
「はいはい、わかりました。ところでまだ四ノ宮さん見てますか?」
「あー、見てるねぇ。どうするの?」
柴田はすっと藍野に抱きついた。
「わわっ! これはオフィシャル的にまずいでしょ!!」
慌てて引っぺがそうとする藍野を引き止めて柴田は演技指導をしてやった。
「まずいから藍野さんが止めるんですよ。詩織お嬢様をいつも撫でてるそうじゃないですか」
柴田は詩織と同じように撫でろと言った。
「一体どこからそんな情報仕入れてくるのさ。俺、そんな頻繁に撫でてないし……」
撫でるのはせいぜい詩織からのご褒美リクエストの時だけだと言って、藍野は柴田に言われた通り、詩織を撫でるように頭を撫でてそっと引き離した。
「後は私が『見られちゃいましたか?』と、照れて戻れば、社内で彼氏に甘えてたしなめられた恋人の出来上がりです。完璧でしょ」
柴田は満面の笑みで演技に自信を覗かせた。
「うーわー……。流石に俺、四ノ宮さんにちょっとだけ同情しちゃうかも。こんなの本当に必要なの?」
何が悲しくて好きな女がムカつく男とイチャつく姿を職場で見なきゃいけないのか、甚だ疑問しかない藍野だった。
「他の人ならこんなにしなくても察してくれるんですが、なんか四ノ宮さんだけは頑なに察してくれないんですよ」
なので今回は見せつけてみました、と柴田は悪びれることもなく言う姿に、自分は3課に向いてないと心から思った。
「じゃ、私をちゃんと見送ってから帰ってください。お疲れ様でした!」
「お疲れ様ー。何かあったら連絡して」
藍野は柴田の指示通り、その場から柴田が見えなくなるまで見送った。
途中、柴田は四ノ宮と話していたから例のセリフを言ってるのだと思うとさっさと立ち去りたい衝動に駆られながら、二人共早くデスクに戻るようにと念を送ってやり過ごした。
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