【完結】救世主様の嫁探し

第一話

 学園内である噂が広まり始めて、今日で三日になろうとしていた。 

 その噂の出所は、大物貴族の子息だということもあり、信憑性はかなり高い。だがそれでも噂は噂。半信半疑で囁かれるその噂は、生徒たちの期待を膨らませると共に、嘲笑の対象にもなっていた。


「聞きましたか、あの噂。なんでも救世主様が結婚相手をお探しだとか。しかもこの学園に編入して来られるそうですわよ 」

「編入は流石にないだろう。ただ日中、学園内でお相手を探す程度だと聞いている」

「まあ、そうですの? 軍属のフランセス様がそう仰るのでしたら、確かですわね」


 放課後、各家々の馬車が待つ正門へと歩きながら、今話題の噂について一番詳しいであろうフランセスへと、取り巻きの一人が聞いた。それに興味津々といったように、他の取り巻きたちが後に続く。


「そういえば、救世主様の大本命はフランセス様だとお聞きしましたわ」

「私も聞きましたわ! 結婚相手を探すなんて建前で、本当はフランセス様と少しでも一緒に居たいからこの学園に編入されるのだと、そう聞きましたわ! それにフランセス様は女性騎士の中では最強ですもの、救世主様の隣に立つのに一番相応しいですわ!」

「ははは、面白いことを言うな。私には既に婚約者がいる。そういう者は結婚相手を探す時には除外するものだろう。それに最強と言っても、未だ前線には出たことがないんだ。とても相応しいとは言えないだろう」

「まあそんなこと、救世主様が望めば婚約者がいようと関係無いのではないかしら。救世主様には国王陛下だって命令出来ないのですから」


 フランセスは学生でありながら、軍属に席を置く女性騎士だ。今現在、女性騎士の中では最強と言われている。剣の腕もさることながら、魔法も扱えるフランセスは上流貴族ということも相まって、学園では高い人気を誇っていた。そればかりか、フランセスの凛々しい立ち姿は、誰もが認めるほどに美しい。背も高く、金の髪を頭の上で結い上げ、少し吊り気味の目元も彼女の凛とした姿をより一層引き立てていた。     

 そんな彼女が救世主の隣に立つことを想像し、取り巻きたちはうっとりとして、ほおっと熱い溜息を零していた。


 取り巻きたちの言葉に苦笑を零し、フランセスはチラリと後ろを歩く同級生に目を向ける。無表情で真っ直ぐと前を向き、会話に入ることもなくただ歩き続ける彼女は、フランセスの視線にも気づいていないようだった。

 まるで作り物のように整ったかんばせに、銀の髪、血が通っていないのではないかと思わせるほどに真っ白な肌は、無表情な彼女と相まって、『動く人形』と揶揄される所以になっている。


「セラフィーナ程の見目ならば、救世主様の目に留まるかもしれないな」


 さらりとフランセスがそんなことを言えば、取り巻きたちがクスクスと小さく嘲笑う。それにも全く反応せず、セラフィーナと呼ばれた少女はフランセスに静かに顔を向けた。


 その時だった。 ゴオっと大きな音と共に閃光が走る。


「きゃあっ!」


 取り巻きたちや周りにいた下校中の生徒たちの悲鳴が響く。

 魔法による攻撃だといち早く反応したフランセスは、一歩前に出て、皆を庇うように瞬時に結界を展開した。

 ガンっという音と共に閃光が霧散すると、結界を張っていたにも関わらず、大きな衝撃が彼女たちに襲い掛かった。

 声も出せずにその場で身を固くした彼女たちは、衝撃が過ぎ去ると、何が起きたのか分からずフランセスへと目を向ける。


「大丈夫だ……」


 安心させるようにそう言えば、フランセスの取り巻きたちはヘナヘナとその場にへたり込んだ。

 それでも尚、攻撃を受けたのだと認識出来たのはフランセス唯一人だった。


「まあまあってところだな」


 フランセスの正面の少し離れた場所に、一人の若い男が立っていた。がっしりとした体格は、そこにいるだけで威圧感を感じさせる。東大陸の出身だと一目で判る黒髪は、その男をより一層不穏なものにみせていた。

 攻撃を仕掛けたのは間違いなくこの男だと認識し、フランセスは大きな溜息を吐き出す。

 周りには自分たちだけではなく、下校中の生徒が何人もいた。今の魔法で自分の取り巻きたち以外でも、その場に蹲っている者が何人もいいることに気づき、今の行為が如何に危険であったかを物語る。そう考えると同時に、フランセスの怒りが爆発した。


「元帥、何を考えているのです! このような場所で先程のような魔法を使うなどと!」


 怒気を含んだフランセスの言葉に、元帥と呼ばれた男はスッと鋭い目を眇めた。不機嫌を露わにしたその表情に、フランセスは怒気を引っ込め、一気に青ざめる。それを目の当たりにした取り巻きたちも、腰を抜かしながらもフランセスに慌てて声を掛けた。


「フ、フランセス様⋯……救世主様に謝罪を……」


 恐怖で声が震えるが、何とかそれだけを言うと、フランセスもハッとして直ぐに謝罪を口にした。


「も、申し訳ございません⋯……」


 恐怖にカタカタと震えだしたフランセスに、救世主は機嫌を直すこともなく、言い放つ。


「今のは、ただの挨拶だ」


 大股でフランセスに歩み寄り、目の前で立ち止まると腕を組んだ。たったそれだけのことなのに、酷く威圧を感じ、フランセスは竦み上がる。

 救世主などと呼ばれてはいるが、彼は善人でもなければ優しい男でもない。自分に従わない者や意を唱える者には容赦はしない。それは世界中の誰もが知る事実である。救世主の反感を買った彼の大国が、一年前、魔物の襲撃に遭い、見捨てられたという話は有名だった。

 そんな緊張感の中、抑揚のない声が割り込んだ。


「フランセス様、お取り込み中申し訳ありませんが、このあと用事がありますので、お先に失礼させていただきます」


 フランセスの取り巻きの一人、セラフィーナが、無表情で軽く一礼をした。頭を上げると、フランセスの返事も聞かずにスタスタと歩き、何事もなかったかのようにその場を後にした。

 呆然とその後ろ姿を見送りながら、救世主が訝しげに呟いた。


「なんだありゃ?」


 呆気に取られている救世主とは違い、いつもの光景にフランセスは恐縮しながらも謝罪を口にした。


「申し訳ございません。友人がご無礼を……」


 軍の最高司令官である元帥であり救世主に対し、何の挨拶もなしに立ち去ったことに、フランセスはただただ慌てた。

 そんなフランセスをよそに、先ほどの不機嫌さもどこかへ行ってしまった救世主は、フランセスへと目を向ける。その視線はセラフィーナのことを聞きたがっているようで、フランセスは言い難くそうに言葉を継いだ。


「彼女はその……少し変わっておりまして……」

「まあ確かに、何だかおかしな雰囲気だったが」

「……はい、その……彼女は、感情を余り表に出さないので……あのような態度をとっておりますが、悪気は一切ございませんので、どうかお許し下さい」


 感情を余り出さないというのは、少し間違った言い方だったが、フランセスは敢えてそう言葉にした。正しくは喜怒哀楽の感情全てが欠落しているのだが、そう言ったところで信じてもらえないだろうと結論付けたからだ。


「まあ、別にいいけどよ」


 もう一度セラフィーナの後ろ姿を確認し、救世主はふと気づいたことを口にする。


「ん? あの女、歩いて帰るのか?」

「ええ、家が近いので登下校は徒歩のようです」

「貴族令嬢なのに、変わってんのな」


 救世主の呟きに、フランセスは曖昧な笑みを浮かべた。

 実際、この学園に通う者は貴族の令息、息女しかおらず、どんなに家が近いといえど馬車を使うのが当たり前なのだ。そんな中、徒歩で登下校をするというのは、セラフィーナ唯一人だった。

 フランセスは、セラフィーナの見目の良さと一風変わった性格に、救世主が興味を抱いたのかと勘繰るが、ただ物珍しいだけだろうと思いもする。これ以上の会話は避けたいと、ここに救世主がいる理由を察し、話を反らした。


「元帥、もう学園長にはお会いになりましたか?」

「ん? ああ……裏門で待ち構えてたから適当に挨拶をしといた。それにしてもよく喋る奴だったな」


 救世主の姿を見るやいなや、勢い良く話し込んできた学園長は、一体いつ話が終わるのかと思うほどに喋り続けていた。殆ど何を話していたのか覚えていない救世主は、それを思い出し、うんざりとした表情を見せる。

 その様子にフランセスはほっとして、自然と笑みが零れた。

 今日、救世主がここへ来たのは、伴侶探しについて、学園側と話をするために他ならない。もし気に入った令嬢がいれば、その令嬢との交流の場を設けるために、学園内にあるサロンを提供する算段になっていた。そのことを学院長が救世主に説明する手筈になっていたのだが、この分だと聞き流している可能性が高いと、フランセスは頭を抱えたくなった。

 救世主がこの国に来てから二年が経つ。早く救世主の伴侶を探し、救世主をこの国に縛り付けたいと目論む国の重鎮たちは、気が気ではないだろう。高位貴族であるが故に裏事情も知っているフランセスは、その苦労を思い憐れんだ。


「まあ、用事も済んだし、軍に戻るか」


 セラフィーナの後ろ姿が見えなくなると、救世主はフランセスに向き直り、一言そう言って、その場を去って行った。

 どっと肩の力が抜けたフランセスは、未だ立ち上がれない取り巻きたちに苦笑を零し、手を差し伸べた。

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