ワナビ辺境伯三女は、異世界でラノベ作家になるために本の作成に乗り出すようです。
名無しのレイ
第1話 異世界へ転生?でもラノベ書きたーい!
―――ああ、自分は死んだんだな、とその時自分は実感した。
自分は何てことはない普通の人生。極々普通のサラリーマン。
強いて言うなれば小説を書く事が趣味で、できればラノベ作家になりたいな、程度の考えを持った平凡な男。
いわゆる、ワナビという奴である。
自分なりに頑張って作品は書いては来たが、その程度でどうこうなるほど創作業界は甘くはない。
まあ、結果大した成果も出せず、ワナビのまま、仕事終わりに深夜まで小説を書いている無理と不健康な生活が祟って人生終了。
それはそれで仕方ない。仕方ないのだが……。
「けれど……やっぱり……ラノベ作家になりたかったああああああ!!」
死亡して、肉体から離れた魂だけのまま、彼はそう叫んだ。そう、人生に色々無念はあるが、やはりこれが一番の無念だ。
自分に才能がないのは分かっている。人生が甘いものでない事は分かっている。
けれど、無念なのはやっぱりどうしようもないのだ。このまま自分は転生するか消えるしかないのか。
肉体から遠く離れ、魂だけになった彼は、自分自身が少しづつ消滅していくのを実感しつつあった。
転生するにせよ、消えるにせよ、自分自身の自我と記憶が消去されるのは同じである。それが彼にとってはどうしようもなく無念だった。
どうせこうなるのなら、もっと自分の好き勝手にやるべきだった。
そう無念を抱えながら消え去っていくであろう彼の魂に、何者かが「声」をかけてきたのだ。
『だったら、もう一度だけチャンスを与えてやろうか?まあ上手くいくかどうかは君次第だけど。』
その「声」に彼の魂はぞくり、と悪寒が走った。
魂だけになった自分に声をかけられるなど、何らかの超越的存在に違いない。
この感覚は明らかに人間とは相いれない超越的存在である、と彼の本能は察知していた。だが、普通の一介の人間にそんな存在に逆らえる力はない。
彼の魂は、その声のする方向へと急速に引き寄せられていった。
「こ、ここは一体……?」
彼はふと気づいた。がらんとした広大な広いただただ白に包まれた空間。そこに彼は立っていた。おかしい。自分は明らかに死亡したはず。ここが噂に聞く死後の裁きの間(閻魔大王とかあの辺)なのだろうか?
それにしては、何やら様子が変な気がするのだが……。
『やあやあ。どうもウェルカムウェルカム~。初めまして。』
そんな戸惑っている彼の前に、のっぺらぼうの人型の影のような存在がぬっといきなり目の前に姿を現す。
あ、コイツやべぇ存在だ。一目その存在を見た瞬間、彼は直観した。
神秘なんて無縁な現代社会で育った彼だが、目の前の存在が何だかヤバい存在だというのは肌感覚、直観で理解できた。
何となく目の前の存在が神的存在なのは理解できる。だが、それは神々しいとか思わずひれ伏してしまうような雰囲気ではなく、人間とは根本的に相容れない異様な雰囲気を身にまとっていた。
『ううむ、受けが悪いな。やっぱり美少女とかに変化した方がいい?』
首を傾げながらそう言葉を言い放つ人型の影。それは彼からしてみればホラーそのものでしかなかった。
しかも自分より遥かに超越的存在であり、明らかに人間とは相容れない雰囲気を放っている。ここで機嫌を損ねれば、死……というか魂の消滅ですめば御の字だろう。
魂のみでありながらも、心の中で冷や汗を流しまくっている彼に対してその影は言葉を続ける。
『まあ、簡単に単刀直入に言おう、私は君たちの言う異世界の神です。
神と言っても、混沌に属する神、小神だけどね。
名前は……そうだねぇ。アルシエル。うん、アルシエルでいこう。
これはいいね。という訳でアルシエルでよろしく。』
「……よろしく。」
アルシエル。それは現実世界の堕天使の名前である。
元々はアシーエルという名前の天使だったとされるが、堕天し、地獄の第七階層ゲヘナに住んでいる暗黒の神にして堕天使とされている。その名前は「黒い太陽」を意味しているのだとか。
当然、異世界の神がこちらの世界の堕天使の名前など知っているはずもない。
恐らく、脳内の知識情報をトレースされたのだろう。そうなれば、当然こちらの今までの全ての記憶データも読み取られたのだろう。全くプライバシーも何もあったものじゃない。
こちらが多少不機嫌になったのに、向こうはどこ吹く風である。
まあ、もっとも神を相手にしていてこの程度は当然だ、と考えるべきだろう。
相手は人知を超越した実在の神である。ほんの少し機嫌を損ねただけでとちらがどんな目に合うか分からないのだ。言わば、今の自分はまな板の上に鯉でしかない。
「混沌の神、ですか。」
なるほど。あの相容れない感覚は混沌の神としての感覚だったのか、と納得した。
人間、特に社会生活を営む者たちにとって秩序は必要不可欠。
秩序がなければ社会生活は容易く崩壊し、血で血を洗う弱肉強食の世界へと変貌するだろう。つまり、少なくとも現代人にとっては秩序は親しみ慣れた物と言える。
それと相反する混沌の気配を強く漂わせた神に対しては、さらに警戒度を上げなければならない。
混沌の神々は絶対悪という訳ではないが、人間とは相いれない事が多い神だ。人間は弱く、団体で社会生活を作り上げなければ生きていけない生物である。
それと相反するという事はつまり人間自体と相反する存在という事である。だが、いくら警戒したからと言っても、悲しいかなこちらは魂だけの存在。結局はどうする事も出来ないわけだが。
『うん、まあ異世界の君をこの世界に引き寄せた理由は一つ。ちょっとウチの世界に生まれ変わってみない?というスカウト。』
「つまり、簡単に言うと異世界転生という訳ですね。で、俺に何をしろと?」
もちろん、ただで混沌の神がそんな事を言うはずはない。
混沌は絶対悪ではなく、世界にとっては必要不可欠だが、感情=欲望にも走りやすい傾向がある。そんな神のいう事を無警戒に引き受けては破滅するのは目に見えている。にやり、とそののっぺらぼうの影は笑ったような気配がする。
『『何をしてもいい』。世界を制覇する魔王を目指そうが平穏にこの世界で暮らそうが好きにするがいい。最も、我々混沌からの支援を受けていると知られれば、平穏には暮らせないだろうがな。』
それを聞いて、ますます彼は警戒を露わにした。
ここで制御できない自分自身の欲望を露わにしたら、欲望を制御しきれずに破滅するしかないだろう。だが、自分自身を誤魔化し、「世界を救いたい」などという建前のみを言ったらその瞬間見捨てられるだろう。
混沌の神というのは、実に厄介な存在なのだ。だが、そんな彼の警戒を他所に、そののっぺらぼうの影は、ふむ、と言葉を続ける。
『ふむ、それではどんな欲望を示す?法の奴らと異なり、我ら混沌の神々が寛容だから、君の望みが面白いのなら能力ドン!してやってもいいよ?』
にやにや、とこちらを嘲笑う嗜虐的な笑みを浮かべているのが、何となくだが感じられる。
混沌に属する神にとって、人間の運命などまさにゲームの駒のような物。
彼も、神にとってはただの玩具にすぎない。ならば、自分の思った事を言うべきだろう。
「それじゃ……俺は……ラノベ作家になりたいッ!!」
いきなりの彼の願望は、流石の混沌の神にとっても予想外だったのか、混沌の神もきょとんとした顔(もっとも顔はないが)になる。
『……は?』
「美少女になってラノベ作家になって印税でウハウハ生活したい!」
彼がその言葉を繰り返すと、きょとんとしていたその影は爆発したような大爆笑が空間内部に響き渡る。
どうやら、覆い隠さずに自分の欲望を素直に口にした、彼の発言が神のツボにはまったらしい。
『その欲望ッ!実に素晴らしいッ!気に入ったッ!』
ひとしきり笑った混沌の神の言葉が、周囲に響き渡る。
『大抵の人間は自分自身の欲望、願望を押し隠す物だ。まあ人間社会で生きる以上、仕方ない事だけど。だが貴様は自分の真の欲望を何も覆い隠さずに言い放った。
いいぜ、そういうのは実にオレ好みだ。気に入ったぜ。ただし、いきなり俺の力でポン、と作家になってもそちらは全然面白くないだろ?
転生させてある程度力は与えてやるから、後は自分で好きにするといい。
頑張ってね。あとはまあ混沌神の加護として混沌から魔力の供給を行える加護も与えてあげよう。』
まあ、最も、混沌の魔力を使いすぎると肉体が変質するけどね、とあまりにあっけらかんとしたその神のいい草に、こちらも一瞬あっけに取られてしまうが、これぐらいのフリーダムな方が混沌の神らしい。
だが、気になる点はある。混沌の神は純粋な邪悪ではないが、その属性から人間存在にとっては悪になりやすい事は確かである。
下手をすれば、世界を滅ぼす手駒として操られているという事も十分にあり得る。
そのため、彼の思惑をある程度は理解しておかなくてはならない。
先ほども言ったが、自分はラノベを書きたいだけであって、世界の滅亡などには関わり合いになりたくないのである。
「そう言えば、何で混沌の神である貴方がこんなことしてるんです?」
慎重に言葉を選びながら、彼は混沌の神へと質問する。
どうせ、「そっちの方が面白そうだから」という実に混沌らしい答えが返ってくるだろう、と思って期待していなかったのだが、神から返って来たのは予想外の真摯な言葉だった。
『簡単に言えば、こちらの世界を救うためだよ。』
「……は?」
あまりに意外な言葉に、つい驚いてしまう。
世界を救う?混沌の神が?そういった事は、基本的に天秤か中立神が行うことではないのだろうか。天秤に属する中立の神は、その名の通り、法と混沌とのバランスを保ち、世界を維持する事を目的とする。法と混沌、いずれかに偏っても世界は滅びてしまうからである。
混沌が暴走した際に法の神々との全面対決で世界が滅びた事例もある。世界のバランスを保つという事はそれだけ難しいのである。
その疑問に答えるために、混沌の神はさらに言葉を続ける。
『簡単に言うと、混沌の勢力が大半滅び、法の勢力が急激に増加したこちらの世界は硬直化して滅びつつある。
今はまだ前兆はないが、次第にその影響は出てくるだろう。
そのため、混沌の力を増加させてバランスを保たなくてはならない。
そのために様々なイレギュラーを転生させて投入しているのさ。』
「秩序に偏って何か悪い事が?人間にとっては良い事では?」
その発言に、混沌の神は苦笑(の雰囲気を漂わせながら)言葉を続ける。
『人間にとってはな。だが、世界にとっては違う。法と混沌のバランスが大きく偏って修復できなくなれば、その世界は滅ぶしかない。』
「……滅ぶ?」
穏やかではないその発言に、思わず彼は問いかける。
『天秤の修正力も及ばないほど偏ってしまった世界の属性はもう修正しようがない。
極端に秩序に偏った世界では何も生み出されず、人々は活力を失い、世界自体が衰弱し、やがては世界の全てが完全に静止する。全てが停止した極静止の存在凍結された世界。
それが、完全な秩序の世界だ。』
その世界を思い浮かべて思わずぞっとする。
なるほど。全てが完全に停止した世界。それは確かに秩序の世界の最果てだろう。だが、それでは人間や他の生物がまともに存在できる環境ではあるまい。
そして、その結果、そこで得られるはずだった大量の物語も誰にも知られることなく死蔵されてしまうのだろう。
それはあまりに惜しい。ラノベ作家を目指している彼にとっては、実際のファンタジー世界の神話や物語など喉から手が出るほど欲しいものだ。しかも、ここにファンタジー世界の混沌の神というツテもある。
彼?の話からすれば混沌の勢力が排除されつつある彼の世界もいずれそうなってしまうのだろう。彼からすれば垂涎の宝の山がそんな凍結されるなんて、ワナビとしては放置はできない。
「つまり、それをどうにかしたいと?」
『うん。別に秩序の勢力と真っ向面から戦って勝てとは言わない。
いい感じで世界を混沌にしてくれればいい。要はバランスが取れていればいいんだ。』
だが、たった一人で世界のバランスをどうこうするなんて事は事実上不可能である。ましてや、話によるともうバランスが偏りつつある世界であり、混沌の勢力も壊滅状態らしい。はっきり言って、無茶ぶりもいい所である。
「無茶いいますね……。大体俺はラノベ書きたいだけですよ。」
『何を言う。小説なり道具なり、何なり新しい物を生み出すためには我ら混沌の力が必要なのだぞ。混沌は活力や革新も内包しているからな。新しい小説も何もなくなって停滞したファンタジー世界なんて其方も嫌だろう。』
「むう。」
それはそうだ。先ほども言ったが、今まで目にしたことがない神話や物語がゴロゴロ転がっているファンタジー世界。
ラノベ書きにとってこれほど美味しいネタ満載の世界へのツテを捨てるのは惜しすぎるし、このままでは成仏もできない。
「まあ……分かりました。けど俺はラノベ書きたいだけですよ?秩序の勢力と戦う気なんてさらさらないんですがいいんですか?」
『うむ、構わん構わん。面白そうからオッケイ!後はいい感じで世界を混沌にしてくれればいうことはないな。』
実にいい加減である。まあ混沌の神だからこんな物かもしれないのだが。そういえば、あと一つ彼に確認しておきたい事があった。
「そういえば貴方の属性は?まさか混沌・悪とか?それならちょっとこちらも考えさせてもらいますよ。」
今の所、彼はこちらに友好的ではあるが、混沌・悪の邪神と契約を結ぶのは流石に勘弁してほしい。混沌・悪の神なんて何をしてくるか分かった物じゃない。
こちらの意識に働きかけて、気が付いたら世界を滅ぼす魔王にされていたとか冗談ではない。
『うん、俺は混沌・中立の小神だぞ。良かったな。混沌・悪の神でなくて。』
中立かぁ……と思わず彼は考えこんでしまう。
まあ混沌・悪よりはマシであるが、混沌・中立なんてフリーダムの象徴であり、神的存在にとって絶対的とも言える契約であろうとも、気分が向かなければ容易く無効とされるだろう。
こういう手合いを味方につけるのはただ一つ。「コイツは面白い」と思わせる事だ。「面白い」と思っている間は、少なくともこちらの味方をしてくれる。
「あの……ちなみに法の神との兼ね合いは?」
『そりゃ混沌の神の加護を受けているなんて、法の国で知れたら処刑だろうねぇ。まあ、ばれないように頑張れ。お前さんは中立・中庸だし、何とかなるだろ。』
ここで自分の属性が知られたのは嬉しい誤算だが、それは世界を支配しつつ法の神々において上手く立ち回らないといけないという事だ。
まあ、彼の話によると混沌の神々の勢力はほとんど滅ぼされているだろうから、どっちみ上手く立ち回るのは必要だろう。
「さらに何ですけど、俺が生まれるのって法の神が支配する領域とか?」
『まだ中立の神を敬う国もあるから、そこに転生させるつもり。
完全に法の神が支配していると、こちらの力を使うと位置がばれる可能性もあるし。
まあ、中立の神が支配してる支配域なら適当なあいつらなら大丈夫だろう。』
それは助かる。混沌の神の加護を受けている存在が法の国に生まれたら、その後はお察しだろう。赤子の頃に密やかに始末されて終わりである。
せっかくの憧れのファンタジー世界に転生したのに、それはあまりに悲しすぎる。
後は、向こうの機嫌がいいらしいので、ついでに気になる事をもう一つ聞いてみる。
「ちなみに、この世界の出版はどうなっているんですか?」
それに対する神の答えは実にさっぱりした物だった。
『さあ?そんな事に神は興味ないし。自分で転生したときに調べてみれば?』
つ、使えない。その彼の感情を読み取ったのか、神は思わず反論してくる。
『だってしょうがないじゃん。世界の大まかな情勢は分かるけどそんな細かい事まで神興味ないし。まあほら、そっちの方がそちらも楽しみがあっていいでしょ?
俺の力であっさりラノベ作家になりました。はい終了、じゃ面白くも何ともないし。こういうのは自分で勝ち取ってもらわないと。」
『じゃ!そういう訳でよろしく!記憶データと人格は適当な年齢になったらアーカイヴから解凍されるようセッティングしたから!
それじゃバイバーイ』
その神の言葉と共に、一気に彼の魂は別の次元へと吸い込まれていった。
はっ、とその瞬間、彼、いや、彼女は気づいた。圧縮されていた記憶データと人格データが解凍され、「彼女」へと流れ込んでくる。
そう、この体はエルネスティーネ・エーレンフェルス。
この中立の神を信望する国家、ノイトラール国の貴族の一人、辺境伯の三女で年齢は16歳。
黄金細工のような金色の髪と、白磁のような肌、そして白銀色の双眸。
良家のお嬢様を絵にかいたような硝子細工の繊細さを誇る美貌。
辺境伯としての教育は受けてはいるが、所詮は三女。
長女ではない彼女は家に期待されておらず、あくまで結婚用の道具程度の扱いである。だが、それは逆に言えば自由に何でもできる、という事だ。
エルネスティーネ・エーレンベルク、ラノベ作ります!と彼女は心の中で呟いた。
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