番外編その1

※こちらは本編とは全く関係ない番外編になります。こんなエピソードもあったかもしれないな、というノリです。


 ある日、山根さんに呼ばれて〈観測所〉に行ってみると、アリスがテーブルでケーキを頬張っていた。ほっぺたを膨らませつつニコニコしていて、ケーキを楽しんで味わっているのが傍目からもよく分かる。

「あ、ひらふひ!ひらふひもはへる?ヘーヒはひょ」

 ちょっと何言ってるのか分からない。

「口に物を入れてるときはしゃべらないの」

「……むぐ。シラユキも食べる?ケーキおいしいよ!」

 アリスは飲み込んでからもう一度しゃべった。

 テーブルに近寄って見てみると、ケーキはもう一切れあった。私の分っていうことかな。

 しかし、そのケーキにはたっぷりと生クリームが乗っていて、見るからにカロリーが高そうだ。

 昨晩のお風呂上がりを思い出す。久しぶりに体重計に乗ったら、それが指し示す数字が、危うく自己ベストを超える勢いだったのだ。これ以上の増加は何としても抑えなければならない。

「う、うーん、せっかくだけど……」

 こういう善意からの申し出って断るのが申し訳なくなる。言葉が尻すぼみになってしまったけれど、アリスは私の意図を察したようだ。

「えー、おいしいのにな」

「うん……ちょっとお腹空いてなくて」

「それじゃあ仕方ないね」

 そう言うと、またアリスはケーキをフォークで切り崩して、できたかけらを口へと運ぶ。

 表情が「あまくて幸せ~」と語っていた。

「うん、だから、私の分も食べていいよ」

 私は、自分の分のケーキをアリスの前に突き出す。このまま目の前に置き続けるのは目に毒だ。食べたくなってしまう。

「いいの? えへへ、うれしいなぁ」

 アリスは彼女の分の最後の一口を頬張ると、すぐに私のケーキに手を伸ばした。さらに、机の下からごそごそと何かを取り出す。

 えぇ……

 それは、生クリームの絞り袋だった。ここにさらに生クリームを加えるというのか。

 思い返してみれば、アリスが食べていたケーキには私の分よりたくさんの生クリームが乗っていた気がする。あれは自分で足したものだったのだ。

 そんなに食べて気持ち悪くなったりしないのかな。

 私の心配を他所に、アリスはケーキにたっぷりと生クリームを塗り重ねていく。そうして出来上がったクリーム盛り盛りケーキを、アリスは一口一口平らげていった。

「ふ~、あまーい」

 ……

 やっぱり彼女は美味しそうに食べる。そんな美味しそうに食べられると、私もやっぱり食べたくなる。

 うんうん。我慢我慢。ダイエットだ。

 しかし、目線ばかりは逸らせていなかったようで。

 私がじっとケーキを見ていることに、アリスはすぐに気がついた。

「シラユキ……やっぱり食べたい?」

 うぅ……正直に言えば、食べたい。

「う、う~ん」

「一口だけならさ、お腹いっぱいにならないと思うよ!」 

 な、なるほど……? それは確かにそうかもしれない。一口だけなら、食べてないと言っても過言ではないのでは。……いや、それは過言か。

 とにかく、一口くらいなら自分を許しても良いような気がしてきた。ダイエットは無理なく、だ。

「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて、いただこうかな~」

「うん!」

アリスはフォークで一口分掬うと、私のほうに差し出してきた。

「あ~ん」

 ――!!

 ケーキは元々、アリスと私の分で二つあったわけで。当然、フォークだって二人分用意されている。

 しかし、今アリスが差し出してきたフォークは、アリスがさっきまで使っていたほうのフォークだ。

 つまり……

 こ、これは間接キスというやつになってしまうのではなかろうか。そうじゃなくても、こんな「あ~ん」なんてされるのは恥ずかしい。

 同性でこういうことをするのは普通なのだろうか。悲しいかな、友達が少ないから、判断の基準になる人がいない。

 ためらって、その場で口をパクパクさせている私を見て、アリスは不思議そうに首を傾げる。

「食べないの……?」

 食べないならボクが食べちゃうよ、と言いたげだ。

 ちょっと待った、ちょっと待った。食べます。食べますよ、私は。

「た、食べるよ」

 私はそう宣言して、フォークに顔を近づける。

 アリスは再び「あ~ん」と言いながら、私の口にケーキを運んだ。

 口の中に、生クリーム特有の風味が広がる。

 もぐもぐ。

 うん、これは。

「あまいね」

 かなり、甘かった。

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