第27話
翌朝、昨夜を思い出して瑠華は意気消沈どころではなく、心がマイナスに振り切れていた。
自分は長く一緒にいたから、護衛の彼等に情が移り過ぎたのかもしれないと独り言ちる。
甘過ぎると言われてもまったく反論出来ない。
三人の表情を思い出しては自分を責め、トボトボと肩を落とし酷く落ち込んでいた。
彼等について口にしてしまった事で家族と思っている皆とギクシャクし、瑠華はろくに紫苑と会話も無いまま別々に登校している。
正確には朝も暗い内からコッソリ誰にも告げずに寮を逃亡したのだが。
元々湖畔で気を失って目覚めるまでにかなり時間が経過していた結果、既に深夜という時間帯で、重い空気に居た堪れずどうにかお風呂に入りたいと主張した瑠華を慮り、残ろうとした紫苑を無理矢理連れて階下のリビングへと皆が移動した隙に、確かに軽くシャワーを浴びて制服に着替え、白々と明るくなりだした寮外へと窓から脱出し、現在に至る。
攻撃型ではないとはいえ腐ってもこれ以上は無いランクの『
本来なら出遭わなくても良い相手に遭遇してしまったのだから。
急いでいたから髪は適当に乾かして、結わずに下ろしたまま風に靡くに任せていた瑠華。
ふらふらと学校の校舎を目指していた。
24時間開いている"Sクラス"用の図書館へ行こうと足を動かす。
確かカフェも併設されていたから、夕飯と朝食も兼ねて何か食べるつもりだった。
だからだろう、食べ物についてばかり考えていたのだ。
元々が食べるのも好きなら料理を作るのも好きな瑠華。
自分が作った料理を誰かが食べているのを見ているのもとてもとても好きだった。
彼等に合わせる顔が無いと思えばこそ、絶賛思考を逸らしに逸らした現実逃避の結果ではあれど、探していた全員ではないけれどそれでも紫苑、剛、凱にも再会出来たうえ、クラスメイトが二人も同族なのだからそれはそれは嬉しくて…本当に心から嬉しくて、紫苑が居なくなってしまった後はいつもなら誰が側にいようと警戒を解いた事など決して無かったのに、久しぶりに暢気に楽しそうに、何を作ろうか好物のどれをと料理に頭が全て占められてしまう。
故に――――看過してしまった。
現時間帯が所謂"彼は誰時"="誰そ彼時"。
それは朝と夜が混じる交じる時間。
古来から、目の前に居るのが誰か分からず『そこにいるのはだれですか』と聞くような薄暗いその時間帯。
一番鶏が鳴く前――――黄昏時同様もう一つの"逢魔が時"であり、"大禍時"。
一人で歩いているはずが、足音がゆっくり一つ追いかけてくるのに気がついた瑠華は困惑した。
紫苑達はまだ寮に居るのは分かっている。
気配からは見知った感覚がしない。
かと言って人の感じもしないのだ。
他にも自分同様に早起きをした『
だから気にせずにのんびり歩いていたのだが――――いつまで経っても図書館に着かない。
校舎さえ見えない事に流石に不安になる。
どうしたものかとうっかり、そうウッカリ立ち止まってしまった。
深い意味もなく、ただなんとなく止まっただけ。
結果――――
「ねえ、君。落としたよ」
突然爽やかだが甘い低音の美声をかけられて瞳を瞬かせながら振り返った。
振り返ってしまった。
「……それを……?」
振り返った先に居たのは、優しい笑みを浮かべた柔和な印象の同い年だろう少年。
淡く優しいミルクたっぷりのカフェオレの様な長めの髪と、同色の瞳。
瞳の方が些か茶色味が強いだろうか。
白く輝く肌をした繊細そうな掌に乗っているのは――――大人の親指ほどの…虹色を内包した透明な瑠璃色の薔薇の花の形をした結晶。
「これは……私の持ち物ではないわ。ごめんなさい、折角教えてくれたのに……ありがとう」
心遣いが嬉しくて、彼女は微笑んで答えた。
とても綺麗で心が不思議と惹かれるけれど、どこかで見た事がある様な気もする結晶だったが……瑠華は確かに自分のモノではないと思ったのだ。
わざわざ追いかけてくれて教えてくれたと思ったからこその謝罪とお礼。
瑠華にとっては当たり前の言動だったのだが……
「へえ。自分のモノじゃないって確信して思えるんだ、君」
柔和な美貌に本当に嬉しそうな……砂漠で砂金を見つけた様な笑みを浮かべた少年。
「…あの……?」
困惑している瑠華に彼は悪戯っぽい表情になって声をかける。
声が弾んでいるのが分かって、瑠華はますます訳が分からない。
「ねえ、ねえ。君の名前は? ボクはヨウ。リュウセイ ヨウ」
名乗られたのだから名乗り返すのが礼儀だろうと、律儀な彼女は……人間以外に名乗る事の危険さを見過ごした。
「瑠華。
それこそ笑み崩れる勢いの彼…ヨウ少年は、更に質問を続けた。
「ルカはこの学校に通っているの?」
「はい。そうですが……」
目を瞬かせながら素直に肯いてしまった瑠華。
「ありがとう、教えてくれて!」
愉し気にヨウ少年が告げた瞬間、一番鶏が鳴く声が何故か周囲にこれでもかと響き渡る。
その大音量に思わず瑠華が目を閉じたと同時に――――ヨウ少年は消え、目の前に図書館が聳え立っていた。
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