第22話
そのまま片手まで掴まれて持ち上げられ、足がつかないからこそ、余計に呼吸が出来ずに非常に苦しい。
懐かしい籠絡させ収攬する匂いから誰かはすぐに分かったけれど、息をさせる気さえないらしい相手に瑠華が困惑していると、不機嫌極まりないがどうしようもなく蠱惑的な声が、耳元でした。
「何をしている」
疑問系ですらない紫苑の言葉に面食らっていると、剛が目を瞬かせた。
「…お前、紫苑か!!?」
その言葉で紫苑も瑠華と居た相手を正確に理解した。
紫苑が向けていた視線の冷酷な色は薄められる。
「剛、か」
温度が感じられないが凄艶な声。
声変わりをしてから初めて聞いた声。
それでも息遣いや話しの間合いから誰かが分かるほどに馴染んだ声だ。
途端に瑠華を拘束する腕の力が緩められて、体に負担がかかるような姿勢のまま地面に座り込み、咽っている彼女の背をすぐに摩るのは剛だ。
「お前なぁ…いつからそんな瑠華に乱暴するようになったんだよ……」
苦しそうに嘔吐く瑠華の背を撫でながら、呆れた視線を、跡が付きそうなほど強く掴まれたままの瑠華の手首から、眉間以外には感情が抜け落ちた様な紫苑の顔へと向けた剛。
眉間に寄った皺は変わらないが、それはいつも瑠華が自分を顧みずに無茶をした時に浮かべていたものの筈だった。
だが……瞳に宿る色はあまりにも澱んで濁りきっている。
――――あまりにも不穏な雰囲気に誰しも逃げ出したくなるだろう。
虚ろな洞の様な空虚ささえ感じさせる闇。
「何があったかは知らんけど、さっき、瑠華、"大丈夫"って言っただろ、自分の事。瑠華の自分自身についての"大丈夫"は絶対嘘なのは変わらないのが分からん程かよ」
真剣な眼差しで紫苑を見る剛の言葉に、彼の瞳が初めて揺れる。
どうやら流石に紫苑もそこまでは頭がイカレ果ててはいないらしい。
剛は安堵し、息が落ち着いた瑠華の顔を心配で覗き込む。
「俺も色々あったけどな。瑠華は? さっきも口にしたけど、瑠華の"大丈夫"だけは信用出来ない。むしろ"大丈夫"じゃない場合に限って"大丈夫"って言うだろ。それが全然変わっていないのは…ちゃんと分かるから」
その言葉に、瑠華は何処かでパリッと何かが軋んだ音がした。
同時に考えるのを拒絶するように意識が刈り取られる。
「おい、瑠華!?」
焦った剛の声。
「紫苑、お前な…って、瑠華!?」
紫苑を追いかけて来た凱の慌てる声。
「瑠華!!!」
紫苑のもう喪う事が堪えられないと泣きそうな響きで名を呼ぶ声。
それらを聴きながらも闇に沈んでいく意識。
逆らえずに墜ちて行った。
暗い所にずっといる。
藻掻けば藻掻く程墜ちて行く。
出られないし――――誰もいない。
(――――私が助けを求めた人から消えていく)
だから――――笑顔で武装して誰にも心を許さない。
母に言われた通りに。
自分には出来なかったと泣いた母。
それが母との最期の記憶。
(――――私には、仇を殺す力が無い)
(どうして私の"力"は殺せる力ではないのだろう)
身体能力は小柄なのもあり元々恵まれてはいない。
加えて『能力系統』まで攻撃を主とするものではないのだ。
『
おかげで己は『
加えて根本的な性分が戦闘に、殺す事にとことん向いてはいないのだ。
それでも幼いと言える年齢で、もはや彼女の知る限りで確認できる唯一の
――――だが、瑠華はそれを拒否した事がない。
彼女の助けを求める機能は停止した。
求めればまた喪うと知っていたから。
だというのに、今更になって再会できたのは一体何の呪いだろうか。
――――合わせる顔も、ないというのに。
(どうして、剛も凱も……紫苑も、私を案じてくれるのだろう)
首に腕を回されて苦しかったが、仮面を被った様な紫苑の瞳に、心配する色が本当に僅かだけれど覗いていたのに気がつかない程耄碌はしていない。
そう独言た瞬間、意識が浮上するのを感じた。
探していたのは確かだ。
必死で探していた。
どうにかして行方を捜そうとすると、ただの子供には不可能で。
だから利用されているのは分かっていても、其処に留まり続けた。
守るのに必要になると思ったから、”力”だって血を吐く思いで磨いて磨いて……
なのに。
――――剛と凱の居場所を知っていて、隠されていたのだろうか……?
それに……意図的に紫苑とも引き離された……?
(今度は…今度こそは守らないと。どんな手を使ってでも)
そう固く誓いながら、万感の思いで瞼をゆっくりと開ける。
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