第17話
紫苑と凱が話しながら訓練場から出て行くのを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
背が高い二人は遠くからでも見分けるのは簡単だから。
二人は相も変わらずに仲が良いらしい。
きっと久しぶりに逢ったのに。
そう、もう一人と一緒で私を含めて4人。
違う違う、あと2人。
紫苑と瑠華、各々の側近候補が2人づつで――――
記憶に靄がかかって分からなくなる。
名前も姿も消えて行く。
いつの間にか、気がついたら母方の身内と会えなくなっていた。
家から出してはもらえなくなっていた。
父方は……家族では無い。
父と便宜上呼ばなければいけない相手も、無理矢理母を汚した輩。
それ以上では無い。
親では無い。
身内でもない。
――――敵。
我が一族の敵だ。
(いつか必ず……!)
(誓ったのだ)
(誓ったのだから、私は)
(私は祖父母と母に、確かに誓った)
――――紫苑は母方の再従兄弟。
凱も母方の再従兄弟。
それ以外も皆母方の身内だった。
一人、また一人と母が死んでから母方の身内が消えて行く。
――――そうして地獄が始まった。
考えない。
考えてはいけない。
考えたら前へ進めなくなる。
――――誓いは心の奥底に。
確かに魂の根底まで、深く深く刻み込んで。
何度生まれ変わろうと消えない焼きごてを、炭化して揺るがなくなるまで存在の根幹に押し当てる。
……諸々を振り払い、椿へと笑みを浮かべ顔を戻す。
「地図を出そうか?」
訓練場の出入り口へと二人で連れだって歩きながらの瑠華の言葉に、椿は悩む。
「そうだねえ…だけど確か転送装置で行けばすぐだったと思う。"Sクラス"は許可無くても構内の転送装置は自由に使えたはずだし」
目を輝かせた瑠華は嬉しそうに微笑む。
「良かった! 構内が広そうで挫ける所だったから」
本当にホッとしている瑠華に椿は苦笑。
「否否、一応どの『系統』でも『
椿の言葉に成る程と肯いた彼女に、潜めたボーイソプラノが降ってくる。
「え!? 君も『
思わず警戒した椿の肩に、表情を変えずポンと気楽に手を置いた瑠華。
まるでツーカーの様にそれだけで椿の雰囲気が穏やかなものに変わる。
薫もそれで察した。
この二人は一緒に鉄火場を潜り抜けた戦友だと。
「君もって事はそっちも?」
声のボリュームを囁き宛らに下げた椿。
「うん。あのさ、僕も一緒に食べて良い?」
薫の言葉に瞳を瞬かせて椿と顔を見合わせる。
どちらともなく肯いた。
「良いわよ」
「私も」
途端に弾ける笑顔の薫。
「やったー! で、何処で食べるの?」
最もな質問に、瑠華が答える。
「全学年合同の食堂」
薫がコテンと首を傾げる。
それだけで下手な女性より可愛らしい。
「確か一番大きいとこだっけ? 全学年で何か行事とかで一緒に食べる時使う所」
「そこ」
端的に椿が肯いたのを見てから、瑠華はもう少し詳しく説明。
「今日の夕食でも使う所らしいから、下見を兼ねて」
コクコクと肯いた薫。
「了解! 確かに一発で行けるか不安だし。ここホントに広すぎって、ごめん! 早く行かないとだね。歩きながら話しても良いかな?」
瑠華も椿も微笑んで肯き、三人連れ立って歩き出す。
注目を浴びている事に瑠華以外は気がついても、いつものことと軽く流してしまう。
だから二人は深くは考えなかった。
承認欲求に侵された連中の質の悪さも、業の深さについても……
転移装置を使って移動した先、目の前に全学年合同食堂の入口があって三人共面食らう。
「本当にすぐね……」
「うん」
「だね」
混雑しているのが見て取れて、さてどうしたものかと悩む瑠華。
「あ、大丈夫よ。私達全員”Sクラス”だもの。バングルかブレスレットまで見せなくたって」
椿の言葉に頭の中がハテナマークが乱舞する。
それを見て椿と薫が今度は顔を見合わせた。
「ほら、制服に『芒星紋章』があるでしょ? これで入れるよ。それが見えなくてもマント付きの制服は"Sクラス"だけだし」
薫が瑠華の上肢の方に近い所にあるワッペンを指で示す。
「”Sクラス”専用入口って、あそこに書いてある。大人の…赤い軍服だから『赤の位階』、中位クラス『
椿も眉根を寄せつつ教えながら、後半は独り言に近くなってしまう。
『緑の位階』ならば普通の人間でも多少は目にする機会もあるだろうが、青を通り越して赤なのだ。
新入生の視線を集めているのも分かる。
そう納得してから、恐る恐る瑠華は先ずワッペンへと視線を動かす。
見た所、五芒星のような書き方の12芒星が黒い縁取りの白いワッペンの中、至極色で見事に刺繍されていた。
周りを見渡せば確かに制服にマントがあるのは"Sクラス"だけだと、先程意味が分かったワッペンから判断。
確認し終わり”Sクラス”の専用入り口らしい所を見てみると、扉は幾つか入口がある中でも最も重厚で、ドワーフの手による細工でもされているかのように繊細な飾りが施されている。
その扉の両脇には確かに赤い軍服の『
彼等の『位階』は中位だ。
ならば”Dクラス”か”Eクラス”。
瑠華の見立てでは右側のおっとり見える女性が『攻撃型遠近万能系』。
鋭い眼差しの左側の男性は『支援型治療万能系且つ補助万能系』。
ハッキリ言って『攻撃型』の『遠近万能系』は敵に回ったら怖い相手だ。
何せその名の通り遠距離攻撃も近距離攻撃にも長けた『戦闘種』は隙が少なく強敵。
もしかするとただの『戦闘種』ではなく『暗殺種』も兼ねているかもしれない。
それに治療とバフデバフが使える『支援型』を組み合わせたならば――――ほぼ何とでもなる。
『攻撃型』の弱点でもある防御力の低さも、攻防の補助が出来る『支援型』で補えてしまうだけではなく、より攻撃力を上げられるのだ。
もしかしたら『攻撃型戦闘種』の中でも『防御型万能』持ちでもある『複数系統保持者』だとしたら……
非常に稀有だがいない訳でもない。
『複数系統保持者』はそれこそ下のクラスだからといって侮ると簡単に死ぬ。
機密の一つだが、どうやら『複数系統保持者』には『特典』があるのだ。
海外では『ギフト』ととも呼ばれる代物。
『
だからこそ『複数系統保持者』は恐れられるのだ。
それは流石にとも思いはするが、確かに『攻撃型』でも非常に珍しいタイプと、稀有な『支援型』の万能系であるのなら、DクラスやEクラスだったとしてもだ、成程護衛役としては最小限で最大の効果がある組み合わせといえる。
暴走した上の『位階』制圧をするにしてもだ。
そこまで考えてから、二人を置き去りに思考しているのに気がついて戻ってきた。
慌てて謝る。
「ごめん!」
瑠華の突然の謝罪に椿と薫は首を傾げた。
「え? どうしたの?」
「あ、長い間扉見てたと思ったのかな? 一瞬だよ?」
二人の言葉で戸惑う瑠華にやはり椿も薫も苦笑しながら彼女の背を押して、食堂の扉をくぐるべく歩き出した。
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