UNDERGROUND SEARCH LIE

きょうじゅ

SISTER STRAWBERRY

 東京都新宿区・歌舞伎町、午前3時49分。


 あたしは住み慣れたネットカフェを出て、まだ夜が終わらない街の汚れた大気を身に纏う。


 ネットカフェなんぞと言えば聞こえはいいが、ここの本質は貧民窟そのものだ。シャワーを浴びて出てきたのだが、ここのシャワーは無料と称しながらも(いや、確かにシャワー自体は無料なんだけど)タオルが持ち込み禁止でレンタルに300円(税抜)取られるから、要するに事実上一回身を清めるのに330円かかる。東京都の銭湯は湯船にサウナもついて基本470円(税込)だぞ、くそったれ。


 あたしには、その金を毎日は出せない。あたしはそういう種類の人間だ。


 お前は何者かって? 本名は訳あって書けない。モヨコとでも呼んでくれ。職業は……人から問われたら、フリーライターだ、と答える習慣にしている。嘘ではない。少なくとも、税務署と書類のやり取りがあるときなどはそういうことになっているし、現在進行形、文筆で口をのりしているというのも嘘ではない。


 あとは程度の問題だけだ。少なくとも、抱えている締め切りはある。……次の締め切りは今度の月末で、その仕事のギャランティは焼肉一回分くらいだけれども、食える肉が安物の中落ちカルビだろうと神戸牛だろうとフリーライターの定義に反するものではないのだから、あたしはフリーライターなのである。


 で、そんなネットカフェに暮らすフリーライター様たるあたしだが、それだけでは月々のドリンクバー(あたしの生命線)代すらあがなえないわけなので、他の仕事もしている。しているというか、日本円での銀行券としての価値だけを言うなら、そっちの仕事の方が、よっぽど……いや、多少は太い。


 端的に言ってしまえば要するにそれは風俗、激安デリバリーヘルス『SISTER STRAWBERRY生イチゴにゃんにゃん』の仕事なんだけど、店での人気は下からの順位を片手で数えられるくらいのところから抜け出したことがないので、やっぱりあたしは日々のシャワー代にも事欠いているわけである。


 さて、そんな風にぐだぐだととりとめもないことを考えていたら、迎えが来た。店のボーイである。


「モヨコさん。お迎えに上がりました」

「あいよー。楢崎ならさきさんもお勤め御苦労様です」


 ボーイ少年という歳ではないが、業界用語でそう言うのだ。行き先はごく近くで、歩いてもすぐなのだが、いくら激安風俗でも芸妓おんなを一人で歩いて相手の家やホテルに行かせたりはしない。タクシーならワンメーターの距離を、送迎のボロ汚い車に乗る。しかしいざと言うときは誰かから逃げなきゃならないかもしれないので、こんなボロ車でも必要なのである。楢崎さんは多分元極道で、腕っぷしは一応強いらしい(その能力を実見したことはない)のだが、喧嘩が強いくらいのことでこの歌舞伎町を、肩で風切って歩けるなら世話はないのだ。


 さて、場末のラブホテルに着く。勝手知ったるというほど融通は効かないが、いつもの手順で部屋に通してもらう。


「モヨコでーす。今日は呼んでくれてありがとうございまーす」

「……ああ。よろしく」


 初めての客だ。初めて見る客だ。若い。若いがカタギの職業持ちである確率は、パッと見37%くらいかな。ま、珍しいことではない。顔はそんなに悪くない。


 これも仕事であるから一応愛想よくして、フツーにサービスをする。サービスの詳細? 知りたいならググれ。迂闊に詳しいこと書くとカク○ムここ、ヤバいんだよ。


 安っぽいピロートークをして、名刺を渡して、帰る。それだけなら、なんてことのないいつもの日常でしかなかったんだが。


 この客は最後にちょいとばかり驚くべきことをした。気に入ったからチップをやる、と言って、金をスーツケースから出したのだ。スーツケースの中の財布からじゃない、スーツケースの中には札束ばかりが直接、びっしりみっしり詰まっていた。その一番手前の数枚をひょいと抜いて、男はそれを無造作にあたしに寄越した。あたしの目はそのスーツケースに釘付けだった。隠しておくことだってできただろうから、わざと見せたに違いない。その意図は何だ?


 とはいえ、それでだからどうなる、というわけではない。あたしは歌舞伎町の女で、フリーライターで、社会に対するスタンスはどっちかといえば悪党の部類だとは思うが、いきなりこの場で客を惨殺して有り金を巻き上げる計画を練り始めるほどキレた頭の持ち主ではないからだ。


 しかしだな。


 話はまだ終わらないんだ。


 この客がな。またあたしを呼んだんだよ。今度は指名、しかも予約でだ。





 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る