1番の贈り物

「あの枯れ葉が全部散っちゃったら、私も、死んじゃうのかな」

そんな、ドラマみたいなセリフを、自分の幼馴染から聞くことになるなんて、僕は思ってもみなかった。

涙をこらえるように、ぽつりとつぶやかれたその言葉に、僕は何も返すことが出来なかった。


陽子は昔から、体が弱い女の子だった。

小さいころから病院の入退院を繰り返していたし、学校に来た時も、体育の授業はいつも見学していた。僕は、陽子が元気に走っている姿を一度も見たことがない。

僕は、住んでいる家が陽子の家の近所だったということもあり、幼稚園のころからよく遊びに行っていた。陽子とは正反対で活発だった僕は、友達と外でよく遊んでいた。陽子は、そんな僕の体験を聞くのが好きだったようで、僕が家に来たときは喜んでいたし、話を聞きながら笑っていたことも覚えている。その笑い方も弱弱しく儚げで、子供ながらに、何とかしてあげたいと、そう思った。だから、遊びに出かけた日には、いつも何かを持って帰って、彼女に贈り物として渡していた。道端で見つけた花とか、公園で見つけた少し形のいい石とか、砂場で作った泥団子とか。今思うと、贈り物としてどうなのかと思うものばかりだったが、それでも、彼女はうれしそうに笑っていた。


小学校を終え、中学校に入った後も、その関係は続いていた。

流石にその頃には、道端で拾ったものとかを贈り物として渡すことはなくなっていた。その代わりに、部活動の話をよくするようになっていた。僕は野球部に入って、毎日のように白球を追いかけていた。陽子は中学になっても体が弱いままで、部活動をする元気はなかった。だから、僕の話をやはり楽しそうに聞いてくれた。中学に入って1年間は、これを毎日のように繰り返していた。けれど、2年目以降になると、少し事情も変わってくる。1年のころにはあまり意識していなかった、レギュラー争いが僕の身にも現実味を帯びてきたからだ。レギュラーになって、彼女にいいところを見せたい。最初はそんな下心もあったが、時間が経つにしたがってレギュラー争いは激しくなり、僕もそれにつられて練習量を増やすようになった。その頃から、陽子の家に行くことは少なくなった。さらに学年が上がり、自分たちがチームを引っ張るようになったころになると、もう陽子の家に行くことはなくなっていた。


中学を卒業し、高校に入学した。僕は、野球の強豪校と言われている学校を目指し、成績はギリギリだったが、なんとか合格することが出来た。中学のころから急激に成長し、運動神経もよかった僕は、1年のころからレギュラー争いに参加できるほどになっていた。練習量も、人一倍多かった。だから、これから先、自分がこのチームの中心的存在になるだろうことに疑いを持たなかった。そして実際に、先輩たちを退けレギュラーを勝ち取り、名だたる強豪校たちとの試合にも次々勝利した。甲子園優勝という夢は、すぐそこまで迫っていた。

けれど、現実は残酷だった。自身のその人一倍の練習量が、怪我を招いた。肩が上がらなくなった。野球はもうできないと医者に言われた。僕の夢は、こうしてあっけなく終わってしまった。


その後、僕の生活は荒れ果てた。普段野球をしていた時間、家にこもるようになった。家にこもってもやりたいことはなく、そのままふさぎ込んでいると、どうしてもけがのことを思ってしまう。どうしてこんなことになったのか、どうしてあの時無理に練習してしまったのか、どうしてこんな体になってしまったのか、どうして、どうして、どうして・・・・・・。

後悔の念がぐるぐる渦巻いた。そのうち、学校に行くのも億劫になった。野球のために入った学校なのだ。野球ができないうえに、勉強にもついていけない。もはや行く意味がない。僕はいつからか、部屋から出ることも無くなっていた。


1か月ほどたっただろうか。部屋の扉は急に開かれた。

その扉を開いてくれたのは、陽子だった。僕は気が付いてなかったが、陽子も僕と同じ学校に入学していた。体が弱いのは相変わらずで、学校を長く休んでいたらしい。そんな、歩くのもつらい体で、陽子は僕の元へやってきたのだ。僕は、野球ができないことへの後悔もあったが、陽子のことをすっかり忘れていたことへの負い目から、すぐに立ち直ることはできなかった。けれど陽子は、自分の体のことを気にせず、何度も何度も僕の元を訪れた。

そんな彼女の姿を見て、このままじゃだめだと、そう思うようになった。僕は、部屋を出て、学校に向かうようになった。長く学校を休んでいたこともあり、授業はさっぱりだったが、陽子が助けてくれたおかげで、何とかなった。

今だから言ってしまうが、僕はこのころから、陽子のことが好きなんだと自覚を持った。


ぼくが完全に学校に復帰したころ、陽子の体調が悪化した。体が悪い中、僕のもとにきてくれていたのが原因なのは明らかだった。僕は、彼女をつきっきりで看病するようになった。けれど、病状は日々悪化するばかりで、次の春を迎えるのは絶望的だと、医者に言われた。手術をすればまだ可能性はあるが、かなり難しい手術になるだろうと、そう告げられた。


「あの枯れ葉が全部散っちゃったら、私も、死んじゃうのかな」

そんな、ドラマみたいなセリフを、自分の幼馴染から聞くことになるなんて、僕は思ってもみなかった。

涙をこらえるように、ぽつりとつぶやかれたその言葉に、僕は何も返すことが出来なかった。

元はと言えば、僕が原因なのだ。僕が彼女に無理をさせてしまったから。そんな後悔がずっと僕の中をぐるぐる回っていて。彼女を励ます言葉が、出てこない。

「ねぇ、優君は、覚えてる?小学校の頃のこと。」

陽子が突然、僕に問いかけてきた。

「……小学校の頃か。何をしていたっけ。覚えてないな。」

「そう?私は覚えてるよ。優君が毎日のように、私の家に来てくれたこと。優君が、色々な話をしてくれたの。公園で見つけた虫の話だったり、友達と喧嘩しちゃった話だったり、学校のかけっこで1番になった話だったり。それを聞くのが、私、とても楽しかった。」

「……そうか」

やっとの思いで、そう相槌を返す。僕がすっかり忘れていたことを、彼女は大切にしていたのかと、今更ながらに気付かされた。

「私ね、優君の話も好きだったけど、それと同じくらい、優君からの贈り物が好きだったの。」

「……どうして?自分で言うのもなんだけど、ゴミみたいなものしか送ってなかったと思うんだけど。」

ぼくのそんな言葉に、彼女は首を横に振った。

「当時の私にとっては、どれも宝物だったんだよ。私はあの贈り物に、勇気をもらったの。」

「勇気?」

「いつか私も元気になって、優君と一緒にいろんな場所に行って、贈り物を送りあえる。そんな未来を想像してたら、勇気が出てきたの。」

でも、と、彼女の言葉はそこで途切れた。

陽子はずっと、窓の外を見たままだ。陽子の表情を見ることはできない。けれど。

「やっぱり、もう、ダメなのかな。もう、優君とどこかに行くこと、できないのかなぁ」

彼女の声は、震えていた。その小さな背中が、何かがこぼれるのを必死に抑え込んでいた。

「桜を見に行こう。」

僕は咄嗟に、そういっていた。

「枯れ葉が全部落ちたら、次はきっと、すごくきれいな花が咲くはずだ。陽子が元気になったら、絶対に僕が連れてくよ、だから……。」

それ以上、涙を流さないでほしいと。僕の口はそう言っていた。

しばらくの間、沈黙が流れた。僕はなんてことを言ってしまったのかと後悔した。あまりにも無責任すぎる発言だと、自分でも思ってしまった。けれど、ここで何かを言わなければならない。そうしないと、彼女が本当に壊れてしまうと、そう感じての発言だった。


「私ね、今度、手術を受けるんだ。」

しばらくの間体を震わせていた陽子が、口を開いた。

「お医者さんの話だと、成功率、あんまり高くないんだって。あるいは、手術しない方が、少しは長く生きれるかもしれないって言ってた。けど。」

彼女が、僕の方を振り向いた。

「私も、優君と桜、見に行きたいの。だから。」

声を震わせながら、言葉をつづけた。

「ほんの少し、勇気をください。」

彼女の言葉を聞いて、僕は彼女に顔を近づけて、唇を重ねた。考えて動いたわけではない。けれど、これが僕からできる唯一の贈り物だと、そう思った。

彼女は一瞬驚いたようだったけど、抵抗することなく、その体を僕にゆだねてくれた。

しばらくした後、彼女と離れた。我に返って、自分のやったことの恥ずかしさに、急に顔が熱くなるのを感じた。そんな僕に、彼女は言った。

「ありがとう、今までで一番の、贈り物だったよ。」

そう言って、笑って見せた。僕がこの病室で見た、最初で最後の笑顔だった。




ばたんと、僕は本を閉じた。

久しぶりに見つけた日記を、今読み終わったのだ。時期的には、今から三年ほど前のものだった。

日記のおかげで、当時の感情を思い出して、頭を抱える。僕にとって、なんともつらい思い出だった。なぜ当時の俺はあんなことをしてしまったのかと、思い出すだけで恥ずかしくなる。いっそのこと、この日記を捨ててしまった方がいいかもしれないとも思う。けれど、彼女との大切な思い出を記しているものでもあるため、捨てるのに抵抗があるのは確かだった。


ピンポーン

不意に、家の呼び鈴が鳴った。ふと時計を見上げて、もうそんな時間かと、玄関へと歩く。途中にある姿見で、自身の体を確認する。服装や髪型を少しだけ整え、改めて玄関へと向かった。

「今年はどんな花を見に行こうか。」

玄関の扉をあけて、呼び鈴を鳴らした相手に、僕はそういった。




お題「枯れ葉」「贈り物」「呼び鈴」

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