頭上で回るは観覧車 -A blues night for big boys and girls. Without.-
判家悠久
夜の憧憬
頭上で回るは観覧車。確かにこの巨大観覧車はこの宵に入り、都市のライティングの中でゆっくり回っていた。
その観覧車は名古屋市栄にあるサンシャイン栄に併設されたスカイボートと呼ばれる。直径は42mに達しビルを大きく覆い、観覧車かビルかのどちらかと言ったら、巨大観覧車にビルが漏れ無く付いてる印象だ。
そして眺める程に、秀逸なのは全面クリアな4人掛けの観覧席で、身を乗り出さずとも全風景を何処までも見えそうなのが未来感を覚えてならない。
そう、2013年9月某日の19時を確かに回った頃。何故、私はこの頭上にある巨大観覧車を見上げるかは、それなりの私の歴史があった。
2012年秋に私は長らく務めたA電材を退職した。これは、2011年の東日本大震災で感じたどうしてもの違和感を拭えなかった決意からだった。当時関東圏勤務でも、あの日、3.11はただ混乱の極みだった。
ただその東日本大震災の混乱も、週明けの3月14日月曜日には関東圏ならば解消されていると思ったが、予測はただ甘く、状況はいきなりだった。
まず最寄りの駅に行ったら、駅のシャッターの全てが降ろされロックされていた。張り紙もアナウンスも無く、これは何かと家族に電話をしたら、野党政権が告知も無く断行した輪番停電の影響で鉄道は全面ストップと知った。
今でこそ野党政権の東日本大震災での舵取りでは理性的だと漏れ伝わるが、とんでもない。告知すら無く関東圏の全駅をロックアウトさせ、都市交通網を混乱させた無能ぶりがそこにある。そこから都市圏の鉄道は1週間以上もほぼ断絶された状況に陥る。
そうとは言え、私も曲がりなりにも会社人間なので、3時間を掛かっても徒歩で会社に向かった。辿り着いた千葉のオフィスビルは丸ごと沈黙していた。それは、いつものフロアには指で数えられる面子だけだからだ。
その面子も、やや近郊の人間で徒歩で辿り着けては、これは一体何事かのサバイバルゲームかだった。
フロアのFAXの書類は乱れに乱れ、もはや収集がつかず優先順位の目処すらない。いるべき上司もリーダーさえもいない。
ただ、一斉同報の社内メールだけは鬼しかない叱咤が飛んでいた。統括の上席曰く「死んでも会社に来い」。もう何度も聞いたよ、そういう恫喝。捕まらなければ許される事だ。死ぬ気で頑張れ。死んでも良いから売り上げろと。
A電材とはブラック会社なのか、これは勿論だ。それはそうだ。その積み重ねで東証に上がった来たファイターだけの集まりだったのだから。
ただ当時の私は純粋で「死んでも会社に来い」を、朝かなり早く起きては遵守した。そして或る日、契機は訪れる。
輪番停電で電車が止まっている以上、日増しに道路交通網は忽ち大渋滞。幹線道路は車両が狭しく動き回り、裏道を抜けるべく何処も彼処も道路交通法なんてあるものじゃない暴走っぷりが迸る。
今でこそ車載カメラが普及し遡って検証も出来ようが、当時は便利過ぎたカーナビが搭載されているのみで、いや故に、細やかな抜け道を闊歩する荒技を幾らでも繰り出せた。
そして私は、どうしても通勤中に事故に巻き込まれた。裏道にアクセル全開に突っ込んで来た何処かの会社のバン乗用車をやっと回避し、アスファルトに倒れた。まず目の前が真っ暗になった、何がどうなったかの思考すらなく0.1秒で漆黒に落ちた。臨終に際して、走馬灯とは良く言うが、実際はそんなものはベッドで死ねる方だけらしい。
ただそれも、運よく0.1秒の漆黒から戻って来れた。頭は確かにぶつけ腫れたようだが、体は本能で起き上がれた。やっと気付いた、生きてると。体は動けたので、会社優先なのでそのまま向かい、就業に着いた。それでも痛みが引かなかったので、その後病院に行ったら、軽くかどうかの頬骨にヒビが入ってるの診断と軽傷処置で、震災の余波で溢れかえる病院から返された。
それだけかは、そのトリアージしか出来なかったのが関東圏でも震災中の出来事だからだ。詳細な報告書はどうしてもインターネットで見つからないが、震災関連死はどうしても多いと思う。それもただ歴史の一コマに深く押し込まれどうしても実情は見えないものになる。
そう、車両が向かって来るのが見えたなら、避け切れるだろうも、それは映画のアクションシーンだけのお話だ。距離感を徹底リハーサルしてのその痛快なシーンなのだから。何より体感では、真正面からの高速突進は距離感がまるで測れない。よく事故に巻き込まれる方がフリーズするのは、それが大きい。交通事故とは得てして回避出来ないものと、大きく知られるべきと思う。
それより、その何処かの会社のバン乗用車はどうしたかは、そのまま突っ切って逃げたのそれっきり。相手が避けたからokの認識でしょう。あの混乱振りだったら、そちらの仕事もお忙しいでしょうから。ここ気を使えるのも生きていればこそか。
そして、そんなあらましも会社は直属の上司を通じて知ってる筈なのに、存ぜぬの立ち位置だった。それは当然だ。「死んでも会社に来い」の社内メールが公には出来ないでしょうから。
A電材にしてみれば、またかにの有り触れた些細な事になりましょうけど。でも私は違って、今度こそ、これはまずいでしょうになった。そして深く悟った。関東圏にいたらもう次のワンチャンスも無いな、次こそ死ぬなと。そこから1年ちょっと掛けて漸く会社を退職した。その判断は今でも、誰に何と言われようとも正しいと言える。
それからは、関東圏怖いなの印象が拭えず、居住そのまま転職はせず、地元青森に戻る事にした。
その先の、都市圏で蔓延したコロナ禍では、感染後死亡の可能性は多からずある。どう足掻いて都市圏にいても死亡なんて、我ながら冴えない人生と知らずに良かったとは思う。
青森に戻るもう一つのきっかけは、浦安に住んでいた事も大きい。浦安は埋立に次ぐ埋立で、東日本大震災では、旧来の大地付きの半分の地域は被災を逃れ、新たに埋め立てた半分の地域は液状化現象で、凄まじい凹凸が生じた。東北の被災に準じるが、報道はそこ迄及ばないのがやや仕方ない。
そして現在、ウクライナ侵攻に纏わるSNSの煽りを見ると、東日本大震災に比べればウクライナの焼土はになるが、それは違うと言える。散歩コースでもあった新浦安の護岸に行くと、延々目に見える彼方迄重き護岸が大きく崩れる。爆撃でもそうなるかもしれないが、あの東日本大震災の数分の揺れも無い一瞬で、自然の脅威は躊躇いも何もなく全ては崩れ去った。どっちがどうの比較は愚かな事だ。
被災地のやり切れなさは、図らずも浦安で経験し、目と心でもう十分過ぎ、それではこの次になった時、自らの足元を見つめようかで、どうしても郷里青森が浮かぶ。
失望と再生を考えに考えて、1年半後に青森に戻った。そして新たな一歩も、まあそのままキャリアの仕事は見つからず、かなり苦戦はした。でもそれはそれで、心持ち一つで生き甲斐は見つけられるものだ。理想の仕事を適度に諦めても、生きて行く事は出来る。ここで苦労しなければ、今も脅威のコロナ禍でポジティブに生きられなかったと思う。
青森帰郷からそんな折に、2013年9月某日に名古屋で五島良子さんのライブがあると知ってチケットを即決で取った。アコースティックから本格派シンガーのキャリアを経た五島良子さんは、知れず地元名古屋に戻ったので、やや懐に余裕がある内に見ておくべきだろうとの裁量だった。
それならば、SKE48の劇場公演見れるかなと、チームSもチームK2もチケットは何故か取れなかった。SKE48劇場の収容人数は300人でも、それも2回続けて抽選外れるものか、そして遠方者にも容赦が無いなが、SKE48初心者の当時の心境だ。
SKE48初心者由縁は、2012年の第63回NHK紅白歌合戦初出場での「パレオはエメラルド」の披露を辿る。今でこそ、いや今でもでしょうか、トップとアンダー含めた60名超えであのパフォーマンスと構成力と来たら、HDRを結構見返してはどう見ても興味深いに至る。
そこから、youtubeを眺めては契機の動画を見つける。「1!2!3!4!ヨロシク!」のライブ動画を見ては、このアイドルファンク曲をトップとアンダー含めた60名相当で演じれるものかの驚きしかなかった。ファンクの相場と言えばフルバンドにブラス隊が相場なのに、この大多数での公演は、これはどんな進化なのかと傾倒せざる得なかった。
伸び盛りのAKBグループどうなのと、懐疑的な私を大いに覆して見せたのだから、次も次のグループも見所はあると。それは今日日のAKBブループのグローバル化への大きな兆しにもなった。
ここ迄で何かしらを惹きつける名古屋の引力ではあるが、五島良子さんとSKE48の以前にも有ったなと。
それはA電材に勤めていた時分、来たる2005年の「愛・地球博」絡みで、名古屋地域に人材足りないとかで、私にも打診があった様でつい小耳に挟んでしまった。
その時はいよいよ転勤かで、引っ越すにも中古で収集した音楽のハード機材が半端ではなかったので、どうしようかの困惑が日々だった。
ただ、そこはどうしてかの事情で立ち消えになった。理由のもっともたるは、当時のプロジェクトに私の換えがいなかった事と想像に難くない。
A電材はブラック会社でも、キャリアとノンキャリアはいる。有名大のキャリアは定期昇格試験でもそれなりの加点が有り出世コースに。ノンキャリアは言わば捨て駒で、壊れたら交換出来る歯車だ。ありがちなヒエラルキーだが、ブラック会社故にノンキャリアの一部には、苦役の果てに一芸に秀でたスペシャリストがどうしても輩出される。そこまで考え抜かれた、A電材のシステムなのかどうかは、たまたまITバブル前後ではままっただけなので、強く否定はしておく。
烏滸がましくも私もスペシャリストの一翼だった。市販のモジュール型のデータベースソフトに、仕事の時間以上に勉強しては早くから精通しており、A電材やや後半のプロジェクトでは現場での問題を解決しながらデータベースのフロー構築とスクリプトの更新を日々行っていた。
まあ外野席からしてみれば、市販のソフトであれば誰でも出来ようかの思案で、確実な業績に至ろうかになったらキャリアに差し替えようかの思惑は感じられた。
だが、安易にソフトを扱える事と、先々のフロー構築をも考えられるとは、どうしても趣が異なってしまう。上席が折りあらば、私の適正を読み間違えてしまうのはそこなのだが、それは世相とも相まって大きな読み違えへと転がっていって行った。
読み違えたのは、いつまでもスペシャリストに依存出来ないから、その分人材を投じようかだ。これはある意味で成功であり、失敗でもある。
その過程として、例えばデータベースソフトに至ってはスクリプトを細やかに積めば、軽く5-10人の処理能力を私1人でこなせていた。出来るならそれで良いかになるが、その人数分の労働力を見えずとも一身に背負うので、体が何度も悲鳴を上げた。ただそれもノンキャリアの歯車なら換えは幾らでもいると、安価な人材派遣を投入で埋める事が出来た。当時の付け焼き刃は。ここが所謂成功事例になる。
そして失敗は、近似例多めより、その人材派遣投入に依存し過ぎてA電材の輪郭が日々無くなってきた事になる。そして日々の加圧業務から生じるフローの欠陥を、兎に角人材で埋めた事で、物事のあるべき本質が不透明になった事だ。
私は退職のもう一つの理由は、A電材のこの先はかなり危ういで一抜けした事だ。その後のA電材はどうなったかも、噂にも聞かないことから、在籍時より厳罰を用いた箝口令が、更に激しいものになったと感にいる。
そして2013年9月某日の、頭上で回るは観覧車の施設に話は戻る。
チケットは取れなかったものの、何となく当日券は出てるかもしれないと、公演時間はもう回ったがサンシャイン栄2階のSKE48劇場に何となく赴いてみた。当日券は当然無いものの、ファンには一定の配慮がされていた。SKE48劇場外に公演中のモニターが配置され、熱烈なファン達の頭越しに、入場券が無くても見れた事だ。
そのまま、ずっと見れば良かったもあるが、出合い頭で映し出されたのが各メンバーのひとクセのある自己紹介と挨拶だった。今でこそ、ひとクセのあるアイドルの自己紹介と挨拶は定番になっているが、まあ、ビギナーの私には無理だった。あの雰囲気にいきなり馴染めと言われても、私が見たいのはその高い筈のSKE48の公演ポテンシャルだったのだから。
そうしてSKE48劇場を後にして振り向き、見上げてはどうしても映えるのは、施設を一体化した巨大観覧車スカイボートだった。名古屋の夜は、東京程ネオンが空に伸びておらず、その心地よい暗さが印象にとても残った。
そこで、もしもが過ぎった。もしA電材での名古屋転勤が実現していたら、一人の居心地を模索すべく、この巨大観覧車スカイボートに折々に乗り込んでいたかもと。
この名古屋のこの心地よい暗さに浸り、都市開発で一つ一つ照らされる灯に、粉骨砕身した仕事の貢献具合に思いを馳せていたかも知れない。
そう、名古屋はまだまだ開発されるだろから、A電材に残っていたら名古屋転勤の再びはあったかも知れない。
もっと早く名古屋に訪れていたら、そして巨大観覧車スカイボートにそれとなく乗っていたらの、もしは、それでもブラック会社A電材に残る確率を3%に上げたかも知れない。破格に高いのはA電材への仄かに残った愛情故にだ。
それを思うと、苦い思いになり、巨大観覧車スカイボートには到底乗れなかった。ここで照れるのは、まだまだ若い証拠か。
A blues night for big boys and girls. Without.
巨大観覧車スカイボートは今も、私と同じもどかしさの面差しを持った少年達、そして躍動する少女達、いや大人達でさえも、名古屋の優しい夜に溶け込ませている事だろう。これからも、そう。
何せ現在コロナ禍中のSKE48には、あの頃のメンバーはほぼいない。それでも現在も活動が続き、名古屋と共に新たな輝きを灯して行く。こんな暗い時代でも、彼女達の一人、いや多くの輝きがあれば、希望は増えて行く事だろう。それはきっと。
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