感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました
伊澄かなで
第1話
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ。たとえ抱いても、ひとひらの悦楽も得られることはないでしょう」
公爵家へと嫁がされ、少女が最初に喋った言葉はそれであった。それ以降はなにも語らず、粛々と格子のついた窓を見上げる。
白銀髪のヘテロクロミア。
蒼銀と碧金の双眸は宝石のごとく、しかして虚ろで、なんの感情も読み取れない。
嘆くことも憂うこともせず、教会の至宝たる〝聖女〟はただそこに在るだけであった。
「フン」
公爵の男はつまらなそうに息を吐き、聖女の矮躯を無遠慮に眺めた。蔑むように言葉を続ける。
「俺の愉悦は俺が決める――お前の処遇もだ。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」
男は久しく切っていない赤銅色の長髪を掻きあげると、小さな聖女から視線を外し、彼女を閉じ込める〝籠〟の中を見回した。
室内にはベッドとスツール、床に固定された丸いテーブル。最低限の家具だけが置かれている。窓は格子で塞がれて、鉄扉には鍵穴が設えられていた。
――この公爵は、王都にて悪名高い男であった。
人々の心の拠り所である教会を弾圧し、辱め、取り潰す直前にまで追い詰めた。
教会の存続を許すことと引き換えに、彼が要求したのはその象徴たる聖女であった。まさしく鬼畜の所業である。
神官たちは敬虔なる信徒の身を守るため、悔しさに歯噛みし、涙をのんで彼女を生贄として差し出したのだ。
「…………」
「………………フン」
生贄となった聖女の髪に、格子窓から陽の光が薄っすらと射し込む。
さながら
「……まずは食事をとらせるとしようか」
厳かな沈黙に耐えかねたのか、公爵は独り言のように聖女へ告げた。
「抱くにせよ、その痩身では食指も動かぬ。お前は俺の〝妻〟なのだからな。それに相応しい見た目になってもらうとしよう」
「…………」
黙して聖女は返答しない。――男は顔をしかめて問いかけた。
「……そういえばお前、まことの名はなんというのだ?」
この質問には、聖女は碧金の片目だけをチラリと公爵のほうへと向けて、また視線を窓へと戻しながら短く答えた。
「――〝人形〟に、名など必要ありませぬ」
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