彼
彼
この先書き残したい分量と言えば、此処までを前置きに位置付けても良い。其れ程に彼に就いて語らせれば話の尽きない自負が有る。
共に過ごした時間は歳月と呼ぶには余りに短く、恋人を自称できる程の何をしてやれたでもない。それでも、思いの丈が必ずしも日数に比例するとは言えない筈だ。そんな自己暗示を呪詛の様に唱え許ら干支一回り半に渡って影踏みを続けてきた。私の胸中には、清濁好悪綯い交ぜた感情が煮凝っている。
本題に入る前に一つ断りを入れねばならない。此れ迄の遍歴語りの確度は、胸襟を開いて洗い浚いと言う程には当てにしないで頂きたいと思う。語る上でともすれば迂遠な蛇足になりかねない諸々の面倒不都合を所々省いて、幾らかの脚色美化が成されている。此れもまた私の抱える好ましからざる傾向だ。
彼の話も、人に語るに差し当たりそのきらいが有る。徒な自傷を回避する為の心的な防衛本能とでも称したい。物事をある程度は都合良く捉えでもしなければ、負うに余る。
そんな有り様が招いた事なのか、彼岸に発った事すらに時折疑いが掠める。今となって思うのも栓無いが、今際の床に立ち会う事が許されれば却って精算を付ける心持ちにも傾いたかも知れない。待てば報われないかと言う期待が、捨てられない。
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