第202話 私の拙い推論

「思った事??」

「は、はい。間違っているとは思うのですが⋯⋯」

「何? 言ってみなさい」


 言い淀む私に優しく声を掛けてくれました。私はハルさんに背中を押され、私の拙い推論を伝えます。


「本当に、もしかしてですよ。チワニッシュ達は、森にはいないのではと⋯⋯」

「いない?? またどうして?」


 ハルさんの表情が厳しいものへと変わり、私の言葉に耳を傾けます。


「チワニッシュは隠れ上手だとアウロさんに教えて頂きました⋯⋯それでですね、思ったのです⋯⋯」

「何を思ったの??」

「チワニッシュは街に隠れているのではないかと⋯⋯。街からは彼らの天敵とも言える冒険者の姿も減っていますし⋯⋯。いや、あれです、本当にちょっと思っただけで、きっと違うのです。な、なので、気にしないでくだ⋯⋯さ⋯⋯い⋯⋯」


 何だかちょっと気まずくなって、ハルさんの顔を見れませんでした。自信の無い考えを伝えるのって難しいです。きっとハルさんは、トンデモナ意見と思っているに違いありませんよ。


「なるほど⋯⋯言われてみればそうよね。私も含めて、みんな森の中に隠れているって決めつけている」


 あれ? ハルさん、頷いてくれてる?? 思ってもいなかった反応ですよ。


「でも、犬豚ポルコドッグとかが、街に隠れているなら反応してもいいんじゃないかなぁとも、思うのですが⋯⋯」

「中心部にはいないって事じゃない? ⋯⋯逆に絞れるね。街から森に繋がる動線の中で、冒険者が通らない場所を当たればいい」


 顔を上げてハルさんの表情を確認するとやる気に満ちていました。木の枝を握りしゃがみ込むと、地面に簡単なミドラスの地図を削り書き始めます。私もしゃがみ込んで、それを覗き込みました。


「いい? 真ん中が街の中心部。冒険者達はここから真っ直ぐ東に向かって森へと向かう。森のすぐ側には襲われた女の子の家。そこのすぐ上、北で紅狐が襲われた。冒険者達は森に入ると、南北に分かれてチワニッシュを探す。この動線から外れていて、尚且つ、森へと繋がる場所⋯⋯」

「ハルさん! 裏通りスラムって⋯⋯」

「そう。中心部から東、やや北よりに位置していて、森へ向かう冒険者の動線からは微妙にずれている。いきなり来たわね。アルシュの居た店も裏通りスラム。そこから逃げたチワニッシュが、隠れていてもおかしくはない。何でアルシュの話を聞いている時に思いつかなかったんだろう」

「それじゃあ⋯⋯」

裏通りスラムに行こう! 急ぐよ」

「はい!」


 私達は急いで立ち上がり、そのままの勢いで裏通りスラムへと急ぎました。


◇◇


 すえた臭い。荒んだ空気。一歩足を踏み入れれば、いつものように濁った瞳が感情無くこちらに向きます。迫力のある歩みを見せる三頭のサーベルタイガーを引き連れ、ハルさんはズンズンと奥に進んで行きました。感情の抜け落ちた瞳に臆する事など一切ありません。


「エレナ、まずはアルシュの居た店に案内して」

「こっちです」


 うわっと思わず眉間に皺を寄せてしまいます。

 お店だった所は数本の朽ちかけの柱が、辛うじて立っているだけで、建物の姿を残す物はそれしかありません。黒焦げになった残骸は積み上がり、片付けられる事も無く炎の記憶をそのまま残していました。

 凄まじい火の勢いだったのは一目瞭然。アルシュさん良くぞご無事で、って感じてしまいます。


「派手に燃えたみたいね」


 ハルさんは燃えた残骸を淡々と見つめ、周辺を見渡して行きます。私達が求めるのは、チワニッシュの残像。


「やはり、人のいない所ですよね?」

「そうね。ここで襲われた話が⋯⋯いや、ギルドにあがって来てないだけであるのかな? ⋯⋯ねえ、この辺でチワニッシュを見なかった?」


 ハルさんは、家の前でへたり込んでいる猫人キャットピープルの女性に話しかけます。特に反応はなく、虚ろな視線は何処を見ているのかさっぱり分かりません。ハルさんは溜め息をつきながら、10ミルドを女性の目の前に置きました。その硬貨を緩慢な動きで懐に入れると、ゆっくりと口を開き始めます。


「⋯⋯見てないね。ただ、向こうの方から犬の鳴き声が聞こえたな。小さい犬か、子犬だ」

「そう。ありがとう」


 擦れた小さな声でした。彼女の指す方角を目指し、ハルさんは動き始めます。彼女の言葉が信用足るものなのか、疑問を感じてしまいますが、今は信じるしか無いのでしょう。


「ちょ、ちょっと⋯⋯」


 マイキーの鼻が何かを感じ取り、私が握るリードがピンと張ります。マイキーは臭いの主を求めて、ズンズンと進んで行きます。今まで無かった展開に、ハルさんと私は思わず見合ってしまいました。

 こ、これは、近いって事?! 

 気が付くとハルさんと私は小走りで、マイキーを追います。

 逸る心と少しの恐怖。凶暴なチワニッシュの群れがいるかも知れない。そう思うと、心臓はイヤでも高鳴ります。探し求めていたものが見つかる高揚感もちょっとだけあって、余計にドキドキしちゃいますね。

 (犬豚ポルコドッグの)マイキーの足がボロ屋という言葉がぴったりの小屋の前で止まりました。窓は割れ、ガラスはありません。扉は外れ、斜めに寄り掛かっているだけ。中を覗くと、ボロボロの椅子やテーブル、何かしらの陶器の欠片が散乱していて、埃が降り積もっていました。

 小屋の周辺をクンクンと忙しなく嗅ぎ続けるマイキーの姿は、間違い無くここに何かがある事を告げています。

 ハルさんと目が合うと、ここで待つように合図されました。私はマイキーを抱きかかえ、素直に従います。(サーベルタイガーの)グラバーに“ステイ”と囁くと、その大きな体が私に寄り添ってくれました。

 クエイサーとスピラ、二頭のサーベルタイガーを引き連れ、ハルさんは小屋の中へ。寄り掛かっているだけの扉を静かに動かし、足を踏み入れます。私達はガラスの無い窓からその姿を見つめます。一歩進む度に舞い上がる埃が、足元を隠し、歩みを遅らせていました。


(ステイ)


 ハルさんが、後ろを行く二頭に待てと、手をかざすと、おもむろに埃が舞い上がる床にしゃがみ込みます。


(エレナ、見える?)

(え?)


 ハルさんがこちらに向いて、床を指差しました。私は目を凝らし、ハルさんの指す方へと視線を向けます。埃が落ち着きを見せ始めると、ハルさんの足元が露わになって行きました。


(ハルさん! それ⋯⋯)


 ハルさんの表情が、緊張を纏い厳しいものになって行きます。露わになった床に見えるのは、降り積もった埃に残るいくつもの小さな足跡。間違い無くここに小さな動物モンスターが居た証です。

 マイキーの鼻と足跡。状況は間違い無くここに何かが居た事を告げ、それが何であったかは言わずもがなですよね。

 埃が隠さぬようにハルさんはゆっくりと足を進めます。一歩進んでは、辺りを見渡し、また一歩と奥へ歩を進めて行きました。

 ガラスの無い窓の外から、その様子を、固唾を飲んで見守ります。

 奥へと続く扉。この扉も寄り掛かっているだけで扉の役目は果たしていません。斜めになって、今にも倒れそうな扉をゆっくりとどかします。微かな陽光を頼りにして、ハルさんは埃っぽい部屋の先に目を凝らして行きました。


(ハルさん、何か見え⋯⋯)


 私も一緒に覗き込んだ、その時でした⋯⋯。


『『『ガウッ! ガウッ! ガウゥゥゥゥゥゥウウ!!!!』』』

「きゃあっー!!」

「エレナー!! グラバー! ゴー!」

『グゥゥゥゥウウウウゥゥッアアアア』


 背中や足元に激しい衝撃を感じます。眼球が飛び出んばかりに血走っているチワニッシュが集団で襲い掛かって来ました。

 迫るチワニッシュの表情はどれも恐ろしい形相を見せ、みんなが愛する愛くるしさなど微塵もありません。飛び込んで来るチワニッシュに、腕甲バンブレースを向けます。牙はガツっと鈍い金属音だけ鳴らし、チワニッシュの体は地面に落ちて行きました。


『『『グルゥゥゥゥウゥゥウ⋯⋯』』』


 犬歯を剥き出しにして、激しい威嚇を見せます。巨躯を見せるグラバーの姿にも臆する事はありません。狙いはどうやら、私とマイキー。本能的に弱いと見抜いているのでしょうか。


『『『ガウッ! ガウ! ガウ!』』』


 激しい衝撃が襲い掛かります。私は咄嗟にマイキーを抱えたまま、地面にうずくまりました。

 グラバーが必死に抵抗をしてくれているのを感じます。それでも、グラバーを掻い潜り、牙や爪が襲い掛かって来ました。ガリガリとハルさんから頂いた鎧が、イヤな音を鳴らします。

 チワニッシュが食いちぎろうと必死に齧り付いて来ました。金属と牙は何度もぶつかり、爪はガリガリと思う様にいかないチワニッシュのもどかしさをぶつけて来ます。

 大丈夫。きっと大丈夫。

 足を失ったガブの姿が頭を過り、今一度、マイキーをしっかりと抱き直しました。

 あんな思いは二度と御免です。絶対に。

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