第72話 誕生日

「準備出来たよー!」


 奥からフィリシアの声が届くと、みなさんムクムクとゆっくり起き始めました。大きく伸びをして、立ち上がって行きます。なかなか起きないキノはフェインさんが抱きかかえ、みんなで食堂へといそいそと向かいました。ひと仕事終えた解放感から空気は弛緩しています。先程までとは打って変わり、穏やかな時間に身を委ねていきました。


 

 食堂の扉を開けようとする私に、ハルさんが手を掛けます。


「主役は最後。声掛けるまで外で待っていなさい」

「主役??」


 私はひとり廊下に残され、扉の前に立ち尽くしています。正直、何が起きているのか分かりません。ひとりで困惑していると、ハルさんの呼ぶ声が届きました。


「エレナー!」

「は、はい。し、失礼します⋯⋯」


『『『誕生日おめでとうーーー!!』』』


「ふぇ?」

「夜中だからみんな静かにね」


 ハルさんは人差し指を口に当て、皆さんはニコニコと笑顔で迎い入れてくれました。

 これって⋯⋯。

 茫然としている私の耳元でフィリシアが教えてくれます。


「これはエレナの誕生パーティーだよ。みんなでエレナの生まれた日を祝うんだ。ま、みんなで食べて、呑んで楽しくやりましょうって口実が欲しいだけだけどね」


 最後にウインクして見せると、私の肩を抱いてみんなの前へと押し出しました。

 いつもの食堂は色のついた布で簡単な飾りつけがされています。いつも使っているテーブルは端に追いやられ、中央にスペースが出来ていました。

 端に置かれたテーブルには、たくさんの料理と切り揃えられたフルーツが並んでいます。

 中央のスペースで皆さんがカップを片手に、にこやかに佇み、パーティーの開始を今か今かと待ちわびていました。


「あ、あのう。え、えっと⋯⋯今日は皆さん、本当にありがとうございました⋯⋯。今まで誕生日が嬉しいって良く分からなかったのですが、今日初めて分かりました」

「じゃあ、エレナの誕生日を祝して、乾杯!」

『『『乾杯―!!』』』


 ハルさんの掛け声で手にするカップをぶつけ合います。

 私は皆さんに何度も何度も頭を下げて、感謝を伝えて行きました。何度頭を下げても足りないくらいですよ。

 

 用意された料理に舌鼓を打ち、少しだけ準備されたアルコールはみんなの舌を滑らかにしていきます。笑顔が弾ける空間というのは、何度でも幸せな気分になるのですね。


「エレナさん、お誕生日おめでとうございます」

「ネインさん! 今回はいろいろありがとうございました」

「微力なりにお役に立てなら何よりです」


 エルフさんらしく冷静な物言いですが、柔和な笑みに釣られて私も自然と笑顔になりました。


「皆さんに感謝しても仕切れないです。どうお返しすればいいのでしょうか?」

「分かりません。みんな自分がやりたくてやっただけですから、見返りなんて求めていないのではないですかね。あなたが副団長殿の下、健やかに過ごして頂ければ、それがお返しになるのではないでしょうか」

「そ、そうなのですかね⋯⋯」


 優しい顔を見せるネインさんに諭されてしまいました。

 元気に過ごせばいいって事ですか? それだけでいいのでしょうか⋯⋯。


「何、難しい顔しているの? 成人したのでしょう? 呑みなさい!」

「ラ、ラーサさん?」

「ラーサはね、お酒弱いのよ」

「そんな事はない⋯⋯ですよ。キノが凄かったね、ドーンって凄かった、うん」

「はいはい。分かったから。エレナびっくりしちゃうから」

「エレナ? エレナ! 誕生日おめでとう! 本当に良かった⋯⋯」

「あ、ありがとうございます」

「ほら、あっちで少し休みましょう」


 モモさんに促されて、ラーサさんは隅の椅子でうなだれてしまいました。普段と違って何だか可愛い姿を見ちゃいましたね。まだまだみんなにも、知らない一面がありそうです。

 

 どこを見ても笑顔。

 嬉しい。とても嬉しいです。今日一日、みんなが私なんかの為に時間を割いてくれました。それも嬉しい⋯⋯この空間、この空気何もかもが嬉し過ぎます。


「よし!」


 少し顔の赤いキルロさんが膝をひとつ打って、立ち上がりました。空瓶を伝声管に見立て握り締めています。


「えー、本日はお日柄も良く、無事にエレナ・イルヴァンを団員として迎い入れる事が出来ました。つきましては私共【スミテマアルバレギオ】は冒険クエストはもとより、鍛冶業や調教業なども事業の一環としており、新しい団員を迎え、より一層の⋯⋯」

「長いわっ!!!」


 ハルさんの鋭い突っ込みにやんやと笑いが起き、キルロさんはふてくされて見せました。


「んだよ。いい所だったのに⋯⋯。エレナ⋯⋯【ハルヲンテイム】への出向を命ずる!」

『『『おおおおおおー』』』


 キルロさんは大きく両手を広げこの空間を指しました。

 みんな知っている事なのに、歓声と拍手を私に向けてくれます。

 汚い毛布とボロボロのソファーの世界にいた私。俯き人目を避けて生きていた私。

 過去の私が今、この瞬間報われたと感じます。

 私を包んでいた硬い殻が、皆さんの笑顔で砕け散りました。みすぼらしく俯いていた私を心の奥底に閉じこめていきます。私は涙します。満面の笑顔で涙します。

 私の存在を私自身が認める事が出来ました。


「皆さん、宜しくお願いします」


 私は涙を拭う事もせず、皆さんに頭を下げます。顔を上げればやっぱりそこには笑顔。

 自分の事で、こんなに嬉しく思えた事はありません。この思いはきっと忘れません。

 ここに来てからの全ての出来事が愛おしく感じます。全ての出会いに感謝します。

 今、とても幸せです。


「おー! そうだ! これを忘れていた。エレナ、手を出してごらん」

「はい?」


 キルロさんが満面の笑みで、差し出した私の手の平に小さな袋を置きました。


「みんなからのプレゼントだ。開けて見ろ」

「ええっ!? プ、プレゼント? ですか??」


 周りを見渡せば、期待のこもる笑顔が向けられていました。私が袋を開けるのを待っているようです。

 皆さんに助けて貰ったうえにプレゼントなんて⋯⋯幸運を今日全て使い切っていないですよね?

 私は手の平の小袋をまじまじと眺めます。軽くて小さい袋。でも、みんなからのプレゼントと思うと重みを感じます。

 期待のこもる視線を浴びながら、私は小袋の口を開けて中を覗き込みました。


「ふわああああ!! これって⋯⋯」


 私は驚き、あわあわしながら小袋の中身を手の平に乗せました。

 純白のピアス。透明感があるのに、この世の物とは思えないほどの綺麗な白を見せる石。

 私は顔を上げて、みんなの顔をひとりずつ見て行きます。そこにあるのは満面の笑顔。


「ありがとうございます、ありがとうございます」


 私もくしゃくしゃの顔で、満面の笑みを返します。嬉し過ぎて、涙が止まりません。


「後でハルヲにつけて貰いな」

「はい」

「エレナ、一緒」

「ホントだ。お揃いだね」


 それはあまりにも白い純白の石。

 キノの鼻、ハルさんの耳にもついている素敵なピアス。

 私はもう一度ピアスを眺めて、両手で大事に包み込みます。

 大切な宝物がまたひとつ増えました。

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