トリミングフィエスタ
第51話 開幕の合図が鳴らされました
「あんな脅迫じみた辞め方したのに、あいつ、カミオさんと今も仲いいんだよ。変なやつだよなぁ」
ラーサさんが紡いだフィリシアの
閉店後の掃除をしながら、ラーサさんらしく訥々と話してくれました。
マイキーがフィリシアを大好きな理由、真っ直ぐ前を向いて語ったフィリシアの言葉の意味。それらが分かった気がしました。でも、フィリシアはやっぱり頑張り過ぎだと思います。ラーサさんが紡いでくれ物語の端々に、フィリシアに対する
「そういえば、どうしてマイキーはフィリシアが預からなかったのですか? フィリシアが預かるのが、話が早い気がするのですけど?」
「それは規則だから。虐待されていた
「そうなのですね」
「それに
「確かに。あれ? 主はハルさん? なのにフィリシアにべったり??」
「アハ、そうだよ。主はハルさん、大好きなのはフィリシア⋯⋯大の友達がフィリシアって言った方が分かりやすいか」
「おお、なるほど」
納得です。
マイキーも辛かったけど、おかげで友達が出来たのですね。
ふと、キノとの出会いを思い出しました。私の場合、辛いも何も感じていなかったけど、キノとキルロさんが救ってくれたあの時の事。マイキーにとってのキノとキルロさんが、フィリシアとハルさんって事なのかな。そう考えると、マイキーはきっと今が幸せなのだと思います。だって、私がそうですから。
「そういや今年のトリミングフィエスタ、エレナ手伝うんだって? こき使われるぞ」
「そ、そうですかね? 出来る事なんて限られているので、どうでしょうか⋯⋯」
「フフフ、甘いな。大変だぞ」
「ええ! そんなにですか!?」
「なんてね。エレナのする事なんてたいして無いんじゃない。ずっとフィリシアは、ひとりでやって来たんだもの。エレナに経験させたいんだろうなぁ。いい経験になるんじゃない、楽しんで来なよ」
「楽しめるか分かりませんが、楽しんで来ます。と言うか、中々出来ない経験なので楽しみかも知れません」
「うん。それでいい」
いよいよ始まるのですね。何する分けでも無いのに緊張してきました。
怖さ半分、楽しみ半分というのが正直な所です。
とりあえずはフィリシアの足を引っ張らないようにしないとです。
◇◇◇◇
ドン! ドン! と大きな音を鳴らす空砲の煙が青空を流れて行くのが見えます。
フィエスタの始まりを告げるその音に、街中に喧騒が溢れ出しました。
ギルドの目前に作られたステージが、始まりを今か今かと待ち構え、ステージの周りには普段より小ぶりな屋台が所狭しとひしめき合っています。
美味しい匂いに、美味しい彩り。エールと肉串を持ってあっという間にご機嫌になっている人もチラホラと。呑んで騒いで笑える口実があれば、それで良いと言うような人もかなり多く見受けられました。
人の波。そのあまりにも多い人の数に私はすっかり当てられてしまい、体が思うように動いてくれず、焦りが募るばかりです。
「ハハ、大丈夫、大丈夫。取って食われるわけじゃないんだから」
一緒に荷物を運んでいるフィリシアに背中をバシっと叩かれ、背筋が伸びます。
「う、うん。大丈夫、大丈夫」
「ありゃ、こりゃあ本格的にガチガチだね」
そんな事は無いですよ。ちょっと目がグルグルするだけですから。
まぁ、どうやってここまで歩いて来たか、まったく覚えていないですけど、たいした事では無いはずです。
「⋯⋯おーい! 大丈夫か?」
「ふぇい! だ、大丈夫だす」
「ぶわっははぁー! 何それ。ガチガチじゃん」
大笑いするフィリシアを横目に、大きなうなりを見せる人の波が私の心を飲み込みます。心臓はバクバクとうるさいほど高鳴り、目がぐるぐると回りっぱなしでした。
「さすがチャンピオン。高笑いとは余裕ですね」
「お、来たね。余裕って程じゃないけど、ここまで来てジタバタしても仕方ないでしょう。オルファスさんだって余裕綽々って感じだよ」
穏やかな声色を響かせるのは世界最大の
「余裕なんてそんなものありませんよ。チャンピオンの胸を借りて精一杯頑張るだけです」
「良く言うよ。顔に今年は頂きって書いてあるよ」
「おっと、それはいけませんね。後で綺麗に消しておきましょう」
「相変わらず食えないね」
爽やかな笑顔と見事なまでの宣戦布告と共にデルクスさんは去って行きました。会場の裏手にある控室が近づくと、次から次へとフィリシアは声を掛けられます。やはりチャンピオンともなると有名人ですね。穏やかに声を掛ける人もいれば、自らの欲に忠実なまでにギラギラしている人まで千差万別。呆気に取られている私を尻目に、フィリシアは誰であろうと余裕の笑顔を返していました。
「あ!! カミオさんだ。おーい! カミオさーん!」
「あら、やっぱり、見つかっちゃった」
「そらぁ、見つかるでしょう。今年参戦したんだ」
「今年⋯⋯というか毎年参戦しているわよ。予備予選を勝ち抜けなかっただけなんだから、止めてよ」
「そっか、そっか。エレナ、こっちはカミオさん。ハルさんの前にお世話になっていたんだよ。この子はエレナ。【ハルヲンテイム】の仲間だよ。今回手伝って貰っているの」
「あら、エレナちゃん。初めまして、綺麗な銀髪ね。フィリシアの相手大変でしょう、すぐに突っ走るから」
あらためて“仲間”って言われると何だかとても嬉しいです。ちょっと気恥ずかさもありますけど。
立派な口髭を蓄えていらっしゃるので男性ですよね? 体付きも並みの男性よりしっかりしていらっしゃるし⋯⋯でも、服装はだいぶ派手でいらっしゃって、そのブラウスは女性物? ううん??
(カミオさんはとても優しい乙女の心を持った人だよ)
混乱している私の耳元でフィリシアが囁きます。そして余計に混乱します。
と、とりあえず、優しい方なのですね。
「は、はい。フィリシアは思い立ったらピューっとどっかに行っちゃうので大変です。あ、でも、もう慣れたし、いろいろ良くして貰っていて、教えて貰う事ばかりです。今日もいろいろと教えて貰うと思います」
「んまぁ、なんて素直でいい娘! いつでもウチにいらっしゃい。トリミングなら教えてあげるわよ」
「は、はい⋯⋯?」
「ちょっと! ウチの子引き抜かないでよ。トリミングなら私が教えてあげるから大丈夫ですぅ!」
「あらぁ~選ぶのはエレナちゃんでしょう? こんな鉄砲玉みたいな娘じゃなくて私の方が懇切丁寧に教えてあげるわよ!」
「何よ! 鉄砲玉って!」
「鉄砲玉は鉄砲玉でしょ!!」
『フンだ!』
ふたりは揃って顔をそっぽ向けてしまいました。息が合っているというのか、何というのか。間に立たされた私はどうすればいいのでしょうか?
ラーサさんは仲が良いって言っていましたが⋯⋯どうなのですかね。
「エレナー」
「エレナちゃーん!」
「キノ!? フェインさん!?」
急な呼び掛けにびっくりしてしまいました。キノと【スミテマアルバレギオ】の
フェインさんは相変わらず眼鏡の奥に優しい笑みを見せてくれています。普通の人より頭ひとつはゆうに超えるのを気にされているのか、いつも少し猫背ぎみでいらっしゃいました。せっかくの可愛らしい顔もその姿勢のせいなのか、少し自信なさげに見えてしまいます。
キノはフェインさんの手を引きグイグイとこちらに近づいてきます。反対の手には、食べ掛けの真っ赤なスイベリルの実の串をしっかりと握っていました。
「キルロさんが、どうしても仕事で手が離せないので代わりに来ましたです。エレナちゃんの晴れ姿を見たかったって嘆いていましたですよ」
「エレナ、頑張れよ」
フェインさんとキノの普段と変わりの無い口調が、私の気負いを消し、少しばかり平常心を取り戻してくれました。
「私はただの手伝いだけなので、頑張るのはフィリシアなのですけどね。でも、わざわざありがとうございます。何か落ち着く事が出来ました。キノもありがとう、食べ過ぎちゃダメよ」
「うん」
“また後で”とふたりは裏手から去って行きました。私達も控室に入り、持って来た荷物を広げ準備に入ります。
フィリシアもひとつ息を吐きだすと、目つきが変わって行きました。その真剣な眼差しに、私の心持ちも集中して行きます。
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