第174話孫を孕むまで帰って来なくても良いと

「………帰って来るのが遅いと思って来てみれば、サラ達は何をしてたか分かるか?」

「く、クロさんっ!?あ、その……なんか、理由は知りませんが先程まで喧嘩していたのですが仲直りしたみたいです」

「……そうか……ありがとな」


 そう言って私の頭を撫でてくれるクロさんの目は何故かサラさん達ではなくもっと遠くの方を見ている様な気がするのだが気のせいだろう。


 そんな些細な事よりも今はもっとクロさんに頭を撫でられたいという欲求が私を支配し始め、その欲求を無理やり精神力で何とか押さえる事に忙しい。


「どうした?顔が赤いぞ?」

「…………っ!?」


 そう言うとクロさんは私のおでことクロさんのおでこをくっ付け、声にならない悲鳴が出てしまう。


 ああ、もう……ダメだ。押さえられない。


「……うん、熱は無いようだが…………なっ!ちょっ!?んむっ!?」

「………こ、これが私の気持ちです!!ででで、ではっ!!」


 あんな事をされては今まで我慢して押し殺してきたきた私の気持ちを押さえる事が出来るはずも無く、私はクロさんの首に両手を回すと一気に引き寄せ強引にキスをする。


 初めてのキスは歯がぶつかりムードも無く、でも少し誇らしく思えるキスだった。


 そして宿を飛び出し猛牛の様に走り去るのだが結局飛び出した宿が自分が帰らなければならない家であると後になって気付き頭を抱える私であった。



◇◆◆◇



 今は夜、虫の声が綺麗な音を奏でている今現在サラとアルの機嫌が悪い。


 どんぐらい悪いかと言うととにかく悪い。兎にも角にも不機嫌である。


 理由は分かっている。


 新たに彼女が出来たからである。


「クロさん……」

「な、なんだ…?」

「く……く……クロと、呼んでも……良い?」

「あ、ああ……イインジャナイカナ」

「………クロ………呼んだだけ……うふふ」


 ビキッ……


 どこからともなく何かにヒビが入った音がする。


 よくよく見ると部屋にある机に置かれたコップにヒビが入っていた。


「そろそろ自分の部屋に戻らないとお母さん心配するんじゃないかな?」

「そ、それは大丈夫です。ま、孫を孕むまで帰って来なくても良いと……その……言われてますので……」


 このカオスな空気をなんとか入れ替えようと話題を変えようとしたのだが、何故かコップのヒビが増える結果になる。


 コップがコップの形を維持している事が奇跡に近いぐらい増えているのは気のせいだろう。



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