第78話 グラスの初めて(1)

 ドグスが何やら叫んでいた。

「あの小僧をつぶすんや! つぶしてウチに前に連れてこい!」 

 観客席を警備していた守備兵たちが、一気にステージの上へとなだれ込む。

 その様子に会場内はざわめいた。

 トラブルなのか?

 いやいや、これはなにかの演出なのだろう。

 だって、あの巨体の執行人が簡単に吹っ飛ぶわけないやろ!

 しかもデブ二人同時って、殺陣たてでもない限り絶対無理だって!

 そう、剣を突き出すヒイロの前では、二人の執行人が無様に尻餅をついていた。


 駆けつけた衛兵たちが、ヒイロを襲う。

 それをパイズリアーが受け流す。

 さながらステージの上は、チャンバラ状態。

 しかしこの状況、どちらが悪者かよく分からない。

 観客は、金属の潜水帽をかぶった変な男を応援すべきか、ドグスの衛兵たちを応援すべきか真剣に悩んでいた。

 しかし、意外に潜水帽の男は強い。

 大漁旗のマントが翻るたびに、衛兵たちが面白いように吹き飛んでステージの上から落ちていくのだ。

 まぁ、ヒーローショーを見ている時の定番は、大体、強い方を応援していれば当たりなのである。

 観客席からパイズリアーが振りぬかれるたびに拍手喝さいが起きはじめた。


 だが、衛兵たちは、次から次へと湧いてくる。

 ステージの上へとつながる狭い階段は、その兵士隊によって大渋滞。

 一人昇ると一人が動く。

 遅々と進まぬその行軍に、しびれを切らす後詰達。


「ホラよ!」

 昇った先からヒイロに叩き落されていく衛兵たち。

 ところがどっこい、ステージの袖からも衛兵が流れ込んできた。

 どうやら、階段を登ることをあきらめた兵士たちが、ぐるりと迂回してきたようなのだ。

 ついに挟まれるヒイロ。

 しかし、その顔はまだまだ余裕の様子。

 だって、これでもヒイロは騎士養成学校元中等部主席の男です!

 って、それは三年前の話ですけどね!


 だが、そんなヒイロの目が焦りの色に変わった。

 というのも、明らかに違う動きの衛兵たちの姿を見て捕らえたのだ。

 なぜかヒイロに背を向ける5人の衛兵。

 ――なぜ、俺に襲ってこない……

 その衛兵たちの先には、オバラの鎖をほどこうと必死になって何やらやっているアリエーヌの姿。

 ――まさか……あいつらの目的はアリエーヌか……

 だが、今のアリエーヌはJ.C.ポゼッションで朱雀のコスチュームを身にまとっている。

 朱雀のスピードがあれば、少々の事ではやられないはず。

 と思ったら、アリエーヌの奴……鎖に噛みついているではないか。

 ――お前……一応……姫様だろ……

 オバラの鎖の鍵が外れないからと言って、口で噛み千切ろうと必死に歯を立てているようなのだ。

 ガルルルル

 まるでトラ……というより、ネコ?

 ――そんなことで鎖が千切れるか!

 ヒイロは、突っ込んだ。

 なんだか懐かしい感覚……アリエーヌたちと旅をして以来、忘れていた感覚である。

 だが、そのアリエーヌの様子を見たヒイロは確信した。

 ――アイツ……絶対周りが見えてない……

 ヒイロは咄嗟に、自分の周囲に衛兵をなぎ倒す。

 ――あれほど、戦闘時は周りをよく観察しろと言ったのに……

 ヒイロは唱える。

「クイック!」

 瞬間走る激痛に、ヒイロの顔が再び歪んだ。


 瞬時に動くヒイロの体が、衛兵たちの隙間を潜り抜け、アリエーヌを狙う刺客の前に立ちふさがった。

 と同時に、瞬時に5人の刺客を薙ぎ払う。

 そして、背にするアリエーヌを怒鳴りつけた。

「お前は何をしているんだ!」

 ――にゃっ?

 鎖に噛みついていたアリエーヌは、まるでいたずらが見つかった猫のようにピタリと動きを止めた。

 ――はて、この声は……どこかで聞いたことがあるような気がするのじゃ。

 それは、自分の背後の金属の潜水帽から響いていた。

「国民を守るのがお前の使命だろうが! 国民の命をおもちゃにするな!」

 その言葉に、はっと振り返るアリエーヌ。

 潜水帽を見上げるも薄暗く中の様子がよく見えない。

 でも、この叱られ方、なんだか懐かしい。

 ――まるでワラワの事をずーっと見守ってくれていたあの頃のマーカスのようじゃ……

 先ほどまでおどおどとしていたアリエーヌの表情が凛とした輝きを取り戻す。

「キサラ王国第七王女アリエーヌ=ヘンダーゾンの名のもとに、この私刑の執行は今すぐ中止なのじゃ!」

 大きく叫ぶ。

「この者たちの身柄はワラワが預かるのじゃ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る