第44話 漢ボヤヤン!(3)

 オバラは懸命に笑顔を作る。

「これは、アタイの母さんの形見……って、アタイが言っても信用度0だけどね」

 だた、その手からぶら下がるペンダントの鎖が小刻みに震えている。

 本当は、そのペンダントを手渡すことが辛くて辛くてしかないことが見え見えである。


 だまって、揺れるペンダントを見つめるボヤヤン。

 それが、オバラの母の形見ということは言われなくても知っていた。

 そして、それが、オバラにとってどれだけ大切なものかということも。

 おそらく、オバラにとって、命の次に大切なものである。

 いや、もしかしたら、命と同等なのかもしれない。

 それを、自分に差し出したのである。

 信用のカタとして。


 他の人間なら、こんな小汚いペンダントで誰が信用するんだよ! ってな具合になるだろう。

 盗賊のオバラの言うことだ、信じられるわけがない。

 当然そう考えるのがふつうである。

 だから、オバラ自身も信用してくれるなどとは思っていない。

 だが、今のオバラにとって最大の担保はこれしかないのである。


 ボヤヤンの手が震える。

 オバラの事を見続けていたボヤヤンにとって、その金色のペンダントを自分に差し出すことの意味が、痛いほどわかるのだ。

 いつしか、ボヤヤンはの目には涙が溜まっていた。


 そこまでして、ヒイロはんに謝りたいですか……

 そこまでして、ワタシを頼っているのですか……

 そこまで、ワタシの事を信用しているのですか……


 ボヤヤンの手は、金色のペンダントを力強くギュッとつかんだ。


 ボヤヤンは自分の首にまとわりつく首輪を掴む。

「こんな封魔の首飾り! なんぼのものヨ!」

 オバラの顔がぱっと明るくなった。

「ボヤヤン! できるのかい?」

「ワタシは天才ボヤヤンと言われた男! 全魔力をぶつければ一人ぐらい飛ばして見せるわよ」

「ありがとう! アタイを信用してくれたんだね!」

 泣きながらオバラは、ボヤヤンに飛びつく。

 そして、強く抱き着くと、その崩れたほっぺにキスをした。

 ボヤヤンは思う。

 これで十分よ……十分……


 ボヤヤンは、オバラの体を優しく押し下げると、両手に印を結んだ。

 この印はどこかで見たことがあるような。

 そう、ヒイロが、魔王と対峙した時に、自らの魔力回路をバイパスするために使った印である。

 ボヤヤンは、そもそも魔法使い。

 魔力回路は太いのである。

 そこにさらにバイパスで魔力を通る道を作る。

 ボヤヤンの体が、込めた力でプルプルと震える。

 いつしか鼻から鼻血が垂れていた。

 自分の持つ魔力を、一気に手に込めるのである。

 その瞬間、暗い牢屋の中から、オバラの体が消え去った。


 肩で大きく息をするボヤヤン。

 もう、目や鼻など、いたるところから血がぽたぽたと垂れ落ちている。

 ボヤヤンの魔力回路はヒイロ同様、完全に焼き切れていた。

 おそらく、二度と魔法は使えないだろう。

 ――魔法が使えなくなった魔法使いって、なんていうのねん……

 ボヤヤンは、自分をバカにするように笑った。

 震える手で、オバラが託してくれたロケットを開ける。

 そこにはオバラそっくりの女性の姿の写真。

 おそらく、オバラのお母さんの写真だろう。

 そんな大切なものを、自分に託してくれた。

 それを握りしめ、胸に押し付ける。

 ――男ボヤヤン! もう悔いはありまへん……

 自分のために残していた移転魔法も、これで二度と使うことができない。

 ボヤヤンの死は確定したのだ。


 その様子を部屋の片隅で見ていたムツキが叫ぶ。

「オイオイ! あほか! オバラが帰ってくるわけないだろうが! いったいどうやって、この牢に帰ってくるっていうんだよ!」

 ボヤヤンは白い目でムツキを見る。

「そんなこと知りまへん」

 はぁ? 

「なんだよそれ! オバラ一人だけ逃げたってことじゃないか!」

「そうですな……」

 ボヤヤンはサラッという。

 今のボヤヤンにとって、オバラが戻ってこようがこまいがどうでもよかった。

 オバラさえ、生きてくれれば、それでいいと思っていたのだ。

 ムツキは叫ぶ。

「ちょっ! なにがそうですなだよ! お前責任取れよ! 責任! お前が先に首はねられろよ! 俺は嫌だからな!」

「ムツキはん、分かってますがな……、安心してください。当然、ワタシが最初に行きますから」

 ボヤヤンは、笑う。

 それは、もう、思い残すことはないように透き通った笑顔であった。


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