第39話 どうするテコイ(1)

 はい! またまた時間は戻ります!

 えっ! 時間軸があっち行ったりこっち行ったりウザいなだって!

 仕方ないじゃないですか!

 なにせ、登場人物がいろいろ出てきて、同時刻に好き勝手やってるんですから!


 ということで、今の時間は、ヒドラ討伐から戻ってきたテコイが、ドグスにヒイロを連れテコイ! と言われた後の時刻です!


 暗くなった夜道を豚のように四つん這いで歩くテコイ。

 むき出しの骨が、石畳とこすれるたびに、脳天に突き抜けるような鈍痛が走る。

 道行く人は、そんなテコイの姿を憐れむように見はするが、誰も声をかけたり手助けしようとしなかった。

 それどころか、唾を吐きかけるものまでいる始末。

 日ごろのテコイの行動が、どういったものかがよく分かる。

 テコイは、酒場の脇の細い路地に身を隠すように入ると、尻をつき体を休めた。

 壁に背中を預けたテコイの顔が、力なく空を見上げる。

 石造りの壁と壁の間にできた暗く細い空間に、美しい星空が映し出されていた。

 まるで、自分のいるこの細い路地よりも天空のほうが明るく見える。

 なんでこんなことになったんだ……

 みじめな自分を思うと、目から涙がこぼれそうになる。

 これもそれも、すべてあのヒイロのせいだ……あいつがパーティを追い出された腹いせに小細工をしたに違いない。

 ヒイロの顔を思い浮かべると、はらわたが煮えくり返ってくる。

 本当にヒイロが仕組んだことなのかどうかは、もうどうでもよかった。

 このつらい現実を、誰かのせいにしないと納得できないのだ。

 ドグスのもとにヒイロを連れていけば、おそらくヒイロのガキは殺されるだろう。

 それはそれで楽しいのだが、やはり自分の手であのガキを血祭りにあげたい。

 だが、この手足では、それもままならぬ。

 しかも、明日の夜までにヒイロをドグスのもとに連れて行かないと、オバラたち3人の仲間のうち誰かの首が飛ぶ。

 おそらくそれは、冗談ではないだろう。

 マッケンテンナ家は、従わないものに対して金で懐柔するとともに、恐怖でも支配するのだ。

 首をはねると言えば、当たり前のように首をはねる。

 それも、見せしめのように残虐なショーとしてである。

 おそらく、ドグスにとっては、ヒイロを連れてきたとしても、難くせ付けてテコイたちを拷問するのだろう。

 そういうババァなのだ、ドグスという女は。

 なら、いまさら、あのババアの言いつけ通りヒイロを探して連れて行ったとしても、テコイ自身はおそらく助からない。

 そんなことが分かっているのに、わざわざドグスの命令に従うバカはいない。

 オバラたちが人質に取られているというが、それがどうしたというのだ。

 冒険者というものは常に命の危険と隣り合わせなのである。

 本来、ヒドラ討伐で命を落としていたかもしれない命。

 それが、たまたま数日伸びるだけなのだ。

 アイツらにもそれぐらいの覚悟はあるだろう。

 そう考えるとテコイは、ドグスのためにヒイロを探す気が起きなかった。

 というか、最初から、その気はなかったのであるが。


 テコイは、表通りにドグスたちの姿が消えたのを確認すると、酒場の入り口へと戻っていった。

 そんなに先ほどまで座っていた場所と酒場の前までとは、そんなに遠く離れているわけではないのに、時間はかなりかかってしまった。

 骨がすれるたびに痛いのだから仕方ない。

 やっとのことでいつもの酒場の前にたどり着いたテコイ。

 昨日までは、腰ほどの高さにあったドアノブが、今では、頭の上に突き出されている。

 そんなドアノブへと手であったものを懸命に伸ばし、ガチャガチャと音を立てだした。


 ドグスたちがいなくなった酒場の前は、いつもの通り。

【クラブエルフ】のネオンが輝き、スケベそうなおやじたちが、ホステスの女の子に導かれながら店の中に入っていく。

 そして、何事もなかったかのように、酔った男がゲロをはいていた。

 もう、いつも通りのガラの悪い酒場前に戻っていたのだ。


 テコイは、自分たちが用心棒を買って出ている酒場のドアを、両の手で何とかこじ開けた。

 酒場は、今日はとくに、シーンと静まり返っている。

 いつもなら、テコイたち5人が真ん中のテーブルを陣取って、ワイワイがやがやと騒いでいるのだが、今日はそれもない。

 静まり返った酒場の中には、豚のように這いずってきたテコイを含めて3人の姿しかなかったのだ。

 店長のバーテンは、そんなテコイに一瞬、目をくれるも、また、何も言わずにグラスを磨き続けた。

 そしてもう一人は、カウンターに座るローブの男。

 この男は、常にこの席に座っている。

 ヒイロをパーティから追放した時も、確か、ここに座っていた。

 テコイは、そんな様子を見ながら、お決まりの自分の椅子へとよじ登る。

 そして、偉そうに叫んだ。

「おい! いつもの! ビールとチキンだ! 早く持ってこい!」


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