第8話 ヒドラ討伐(3)

 森の奥に進んでいくと先ほどまでの風景と打って変わって、目まぐるしく変わった。

 青々と茂っていた森の緑が、どんどんと黄色を帯びていく。

 そして、ついには枯れ木のみが立ち並んでいた。

 そんなゾンビのような木々の間から洞窟の黒い闇がのぞく。

 まるで5人を待ち構えるかのように大きく口を開けていた。


 その洞窟に近づけば近づくほど寒気が5人を襲う。

 先ほどまで笑い顔を浮かべていたテコイたちであったが、さすがにそのよどんだ空気に気が付いた。

 鳥肌が立つような感覚。

 日が出ているにも関わらず体中に寒さが襲う。

 シーンと静まり返る森の中。

 すでに鳥の声すらしなくなっていた。

 周りには生きているものの気配すらしない……

 まるで死の世界のようである。


 テコイの足先に何かが当たった。

 ふと下を見る。

 そこには鳥の死骸が落ちていた。

 よくよく目を凝らしてみてみると、いたるところに落ちている。

 しかも、それは鳥だけではない、シカや猿も落ちている。

 サルなどは、白目をむいて喉をかきむしり泡を吹いていた。

 まるで、毒でも吸ったかのようである。


 すると、目の前にある洞穴の口から紫色の霧が流れ出してきた。

 その流れは、本当に徐々に徐々に、僅かであった。

 ほんの少しずつ漏れ出るかのように紫の霧が吹きこぼれていた。


 その様子を眺めていた5人。

 ムツキの持つ花束が、見る見るうちに色を失った。

 そして、褐色となった花が、だらんとたれる。

 その様子を見たテコイ。

「あれは毒の霧だ! 気を付けろ!」

 とっさに後ろに下がる【強欲の猪突軍団】の四人。

 しかし、馬に乗るマーカスは後れを取った。

 馬が思うように反転しなかったのだ。

 その瞬間、まるで洞穴のふたでも外れたかのように、紫の霧がドバっと押し出されてきた。

 大波のような霧に、あっという間に飲まれるマーカス。

 馬が暴れもがき苦しむ。

 悲鳴を上げて立ち上がる馬の背からマーカスが落ちた。

 馬の足元に広がる毒の水面へまっしぐら。

 マーカスの体が紫の海に沈んだ。

「マーカスの旦那!」

 テコイは叫んだ。

 マーカスが死んでは、残る報酬の半金がもらえない。

 確かに半金の条件はヒドラ討伐を果たすことなのだが、まぁ、当然、マーカスを無事連れて帰ることも含まれているのではある。

 だがさすがに聖戦を生き抜いた英雄様の事である、そんなに簡単にはくたばらないと思っていたのにもかかわらず、瞬殺ですよ! これが!

 さすがにテコイは焦った。

 マーカスを救いに行かねば!

 仮にヒドラを倒したとしても、報酬は1ゼニーも貰えない。

 だが、目の前は霧の海。

 紫色の水面が広がっている。

 むやみに突っ込むわけにはいかない。


 そんな時、

「ひやっぁはは!」

 狂った笑い声とともに目の前の霧がまき散らされた。

 マーカスが霧の中から飛び出してきたのだ。

 その口には、食べきれないぐらいの毒消しが詰め込められていた。

 それも、超高級品の毒消しである。

 一個100ゼニーはしようかと思う毒消しが、口の中に10個ほど。

 ということは、有名アイドル【イーヤ=ミーナ】の指定席チケット10枚ほどが口の中に入っているってことである。

 さすがに食べきれないのか、マーカスは毒消しを吐き出した。

 食べくさしの毒消しが、テコイの足元に転がった。

 マジでもったいない。こんな高級毒消しを……もったいお化けが出るぞ!

 だが、テコイは安心した。

 無事でよかったよ旦那……マジで秒で死んだかと思いましたよ……

 テコイの足にしがみつき見上げるマーカス

 ひっ!

 テコイの顔は引きつった。

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