第6話 ヒドラ討伐(1)

 青い空に太陽が昇る。

 今日も一日、天気がよさそうだ。

 さきほどから心地い風が草原を吹き抜けている。

 そんな街はずれに、にぎやかな人だかりができていた。

 その人だかりの先には、一頭の馬と従者が4人。

 街から外へとつながる門の下で、マーカスは白馬の上から振り向き意気揚々と手を振っていた。

 そのご機嫌な様子。

 まるで、子供が遠足にでも行くような雰囲気である。


 そのマーカスを挟むように【強欲の猪突軍団】のテコイたちが歩いていた。

 よほどの報酬金額を提示されたのであろう。

 テコイの機嫌はすごい良かった。

 懐が少々その財布の重みでたれているのはテコイだけが知っている。


 そのテコイにまとわりつくオバラ。

 すでに街に帰ったらブランド物のバックを買ってもらおうとゴマをすっている。

 マーカスを見送る野次馬が多いと知っていたのだろうか。

 防御力0のブランドドレスで全身をコーディネイトしていた。


 ムツキはムツキで、見送りのギャラリーの中にエルフのアキコちゃんがいないか懸命に探していた。

 生きて帰ったら、結婚しよう!

 そういうプロポーズを考えていたのかもしれない。

 こいつ、弓の代わりに花束をしっかり握りしめている。

 これから、どこに向かうつもりなのか分かっているのだろうか?

 だが、ギャラリーの中にお目当てのアキコちゃんがいる確率は1000%ない。


 ボヤヤンは、先ほどからブツブツ言っていた。

 そしてフードの中に隠していた握りこぶしをそっと開いた。

 そこには100ゼニ―硬貨が握りしめられていた。

 おそらく、テコイの財布から転移魔法で盗んだのだろう。

 しかし、こんなところで魔力を消費していてもいいのだろうか……


 マーカスを見送る野次馬たちが街はずれの道の上で声援を送っていた。

 そんな野次馬の中に一人のきれいな女性が混じっていた。

 銀髪の長い髪はひときわ目立つ。

 すらっとした身長に白い肌。

 長いまつげに切れ長の金色の瞳が美しい。

 そして、心配そうにマーカスを見送る目が潤んでいた。

 そう、この女性こそキサラ王国第七王女【アリエーヌ=ヘンダーゾン】姫である。


 心配そうにマーカスを見送るアリエーヌの肩には、ヒヨコが一羽ピヨピヨと鳴いていた。

 そのヒヨコに優しく指を伸ばすアリエーヌ。

「お前のご主人様の出立じゃぞ……どうして、別れを告げぬ。前はマジュインジャーとして仲良くしておったじゃろうが……」

 心配そうにヒヨコの頭を指で撫でた。

 嬉しそうにその指に頭をこすりつけるヒヨコ。


 ヒヨコは、先ほどマーカスがアリエーヌに出立の挨拶をしに膝まづいた時も一向にマーカスを見ようともしない。

 まるで敵でも見るかのような目でマーカスを睨みつけるのみであった。

 アリエーヌは思う。

 まぁ、魔獣使いが無理やり使役しておったのじゃ、その戒めが解ければ、恨みつらみもあるじゃろうて……しかし、悲しいの……お前たちの関係はそんなもんじゃないと思っておったのじゃがな……


 しかし、アリエーヌ姫、このマーカスをあの魔王討伐聖戦時に一緒に戦ったマーカスだと本当に思っているのだろうか?

 まぁ、アリエーヌ自身、確かに違和感はあったのだ。

 マーカスの魔獣であったヒヨコが懐かないことも確かにその一因である。

 だが、それよりも、マーカス自身が、あの聖戦の結末を覚えていないのである。

 何度聞いてもはぐらかすのみなのだ。


 あの時、魔王【ドゥームズデイエヴァ 】の最終攻撃を受け、瀕死の重傷を負った4人の女の子。

 そんなメンバーを救うためにマーカスは、自分の使役する4匹の魔獣を使って戦線を離脱させたのだ。

 朱雀は、アリエーヌを背にのせて空を高く飛ぶ。

 白虎は、動けぬグラマディを咥え懸命に走った。

 青龍は、今だ錯乱状態で回復魔法を乱発するキャンディを背にのせ空をうねった。

 玄武は、役に立たない円周率を唱え続けるグラスを甲羅の中に入れクルクルと転がった。

 四人の女の子は、魔王からどんどんと離れていく。

 だが、魔王の追撃はない。

 それもそのはず、魔王のもとには、マーカスとピンクスライムが残って睨みを効かせていたのだ。

 もはや、マーカスの頼りになるのは己が肉体とピンクスライムだけ。

 弱いメンバーを守るため、頼りになる魔獣すらも、その身から離したのだ。


「マーカス……」

 あの時のマーカスの背中を思い出したアリエーヌは小さくつぶやいた。

 おそらく、あの後の激戦は、想像を絶するものだったのだろう。

 きっと思い出したくもないのじゃな……

 そう、思い出したくもないほどの戦闘。

 激しい魔王との最終決戦。

 その戦の末に、マーカスは一人で魔王を打倒うちたおしたのだ。

 だが、その代償は大きかった。

 口は悪いが優しかった性格が、いやらしくねじ曲がった性格に変った。

 小さき背格好であるが今にして思えば好青年の顔立ちも、性根が腐ったかのようにだらしなくゆがんだ。

 少々突っ込みがきつかったが知性あふれる会話が、ただのエロ話に変った。

 そして、何よりも弱くなったのだ。

 すべて、ワラワのせいじゃ……

 あの時、ワラワが魔王討伐など言い出さなければ、マーカスはあのまま明るく優しいやつのままだったのじゃ……

 あの聖戦のせい……すべては、あの聖戦に挑んだワラワのせいじゃ……


 意気揚々と手を振りながら離れていくマーカスを見ながら、アリエーヌの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。


 生きて帰って……マーカス……



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