母親大会記念日


 ~ 六月七日(月) 母親大会記念日 ~

 ※因循苟且いんじゅんこうしょ

  古い慣習や手法でその場しのぎすること




「あれ? なんでいるんだよ」


 靴を履いて扉を開くなり。

 玄関先に立っていたのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のさらさらスト……、いや、こっちはどうでもいい。


「仕事はどうした」

「ママ友に相談されて動かない人なんていないのよ?」


 一体、昨日の何時に相談されたのやら。


 早朝の自宅前。

 わざわざ東京から駆けつけてきたこいつは。


 お袋である。



 ……なるほど。


 秋乃の様子を察した舞浜母が。

 お袋に相談したのか。


 一見、素晴らしい母の愛。


 でも。

 そう月並みに捉えるのは性急だ。


 効率しか考えないこいつのことだから。

 きっと…………。


「と、言う訳で。秋乃ちゃんから全部事情は聞いたんだけど……」

「やっぱりか。センシティブな問題なんだ。もうちょっと柔らかいアプローチをだな……」

「シャラーーーーップ!」


 お袋の剣幕にあてられて。

 思わず姿勢をびしっと正した俺と秋乃とスズメとリク。


 ちなみに、河野リク君。

 君はセントバーナードなんだから。

 気を付けの時に脇はしめなくていい。


「タイム・イズ・マネー! はい、復唱!!!」

「ワンッ!」

「お金は何億円でも手に入れることができるけど、そのすべてをつぎ込んでも時間だけは絶対に買えない!」

「ワンッ!」

「いい返事ね。分かったのなら宜しい」

「どうして俺たちが返事してるって思った?」


 河野さんとこのおばさんが。

 後ろ足で立つリク君を無理やり引っ張っていくと。


 秋乃は、手を振りながら見送った後。

 目を丸くさせて俺に聞いてきた。


「す、すごい……。代返、完璧……」

「そんなわけあるかい。……で? ちゃんと説明したのか?」

「う、うん」

「それ聞いて、お袋は答え出たのかよ」


 おいおい。

 その顔なんだよ。


 どうして俺が、そんなバカにされたような顔でにらまれなきゃならんのだ。


「いい? 客観による裏付けの取れてない情報には何の価値もないの。彼女の主観を周知というテーブルに乗せたところで情報の質を下げるノイズにしかならないわ」

「面倒だな。何が言いたい」

「夏木さんと西野さんと佐倉さんに会って来る」

「学校来る気かよ!?」


 親がしゃしゃり出るような話じゃねえし。

 それになにより。


 高校生にもなって親が学校に来る姿見たくねえわ!


 でも、そんな想いを汲んだのか。

 お袋は首を振りながら。


「一人一人、バラバラなとこじゃないと本心聞けないでしょうに」

「ああ、よかったぜ」

「自宅で待っとけって言っといたから、これから車で家庭訪問」

「この迷惑おばはんっ!!!」


 きけ子と王子くんとは。

 一緒に旅行した仲だけど。


 佐倉さんとは面識もねえだろお前。


 でも、いくら呆れたからと言って。

 迷惑おばはんは言い過ぎた。


 お袋は、再び声を張り上げた。


「シャラップ!!!」

「わんっ!」

「……立哉君、見事な代返」

「お前の分じゃねえ!」


 俺を直立不動にさせる魔法の呪文に。

 秋乃とスズメと。

 遠く離れた河野さんとこのおばさんとリク君もシャキッと気を付け。


 そばにいたお巡りさんも敬礼だ。


「いい? これは秋乃ちゃんだけの問題じゃないの。あたしはきっちりこの問題と向き合いたい」

「だからって! 大人がホイホイ介入すんな!」

「介入?」

「そうだろがよ!」

「シャラップ!!!」

「わんっ!」

「だれが介入よ! あたしは面白いからみんなの話を聞きたいだけ!」

「最悪だ!!!」


 今度こそ、本気で呆然。


 口をあんぐり開けたまま。

 車に飛び乗るお袋を見つめていると。


「……立哉君?」


 本来、一番心配されるべきやつが。

 他人の心配なんかして来たから。


 俺は、努めて明るく。

 心配かけないように、元気いっぱいに返事をした。



「わんっ!」



 ……お巡りさんに。

 また事情を説明する羽目になった。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「栃尾」

「はい」

「長野」

「は~い」

「夏木」

「わんっ!」

「………………西野」

「わんっ!」

「うはははははははははははは!!!」


 お袋のせいで。

 きけ子と王子くんと佐倉さん。


 まだ学校に来てねえんだけど。



 そんな責任をとって。

 あたしが代返するのと。

 

 みんなが肩を揺すって笑いをこらえる中。

 本人は、いたって真面目に代返していたんだが。


「…………ひとつ聞いて良いか、舞浜」

「わ、わん……」

「四つの内、誰に出席をつければいいのだ? お前が選べ」

「そ、それは選べません……」


 こら、てめえ。

 ここ連日、誰かを選ばなけりゃならなくなるってことで。


 どれだけこいつが悩んでたと思ってんだ。


 俺は、そんなデリカシーゼロをにらみつけながら席を立って。


 廊下へ向かった。


「待て保坂。お前の出席は、まだとっておらんぞ?」

「俺が三人分、三時間立ってりゃいいんだろうが。違うか?」

「明らかに違うだろう。もう一度言うが、お前の出席はまだとっておらん」

「なに言ってんだよ! 俺はこうして授業に…………、あれ?」

「四時間だ」

「ちょ……? いや……?」

「返事は」

「………………わん」



 こうして俺は。

 午前中一杯立ちっぱなしにされたんだが。


 せめてもの救いは。


「お。来たか」


 三人から話を聞いたお袋からの電話。


 解決法そのものか。

 せめてヒントでもあれば。


 こうして立たされたかいがある。


『おもしろかった! 生の青春は、やっぱ違うわね!』

「ふざけんな。どう解決したらいいんだ?」

『あんたにはいい課題じゃない。自分で考えなさい』


 それじゃ、俺が立たされてる意味ねえだろ!


「所見か何かねえのかよ!」

『所見ねえ。……これ解決したら、秋乃ちゃん、あんたのこと見なおすわよ?』

「そっ…………? んなの、関係、ない?」

『ほんと?』

「も、もちろん」

『じゃあ、あたしが解決しちゃってモテる姿を、あんたは指くわえて見てなさい』

「そ、れは、いや、かな?」

『じゃあ、返事は』


 明らかに誘導されたことを自覚しつつ。

 それでも最後の最後まで考えてから。


 俺は、しぶしぶ。

 了承の意を電話の向こうに伝えることになった。



「わん」



 でも、こんな無理難題。

 俺の力でどうにかできるもんじゃねえぞ?

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