第27話 東雲の商人と夏祭りの準備 6

 広場のあちこちで悲鳴と、ガラガラと屋台の崩れる音が響く。

 音のする場所では原因である中型の魔獣が暴れていた。魔獣たちは牙を向き、人でも屋台でも見境なしに跳び掛かっている。


「女子供を先に逃がせ! 動けるもんは手伝え!」


 その混乱の中で、源三を始めとしたイナカマチ区画の男達が、農具で懸命に魔獣を追い払おうとしている。さすが農家と言ったところか、睨まれても怯まない。


「源三!」


 そこは独楽たちが到着した。若利が声を掛けるのと同時に、信太を肩に乗せた独楽が神雷壁を展開し、源三たちから魔獣を引き離す。

 だが防いだ横から別の魔獣が飛び出し、独楽に跳び掛かる。その魔獣の顔面を若利が扇子で打ち叩く。魔獣は「ギャン!」と悲鳴を上げて後ずさった。鉄扇ではないようだが、ただの扇子というわけでもないようだ。


「良い素材を使ってらっしゃる!」

「祖母の手製だ」


 独楽が褒めると若利がニヤッと笑った。独楽たちはそのまま源三たちの所まで走る。源三たちは独楽たちの姿を見て表情が少し明るくなった。


「おお、若様! ご無事でしたか!」

「ああ。遅くなってすまない、こちらの状況だどうなってる?」

「怪我人はおりますが、動けないほどの奴はいません。今は女子供の避難をさせているところです」


 大怪我をしている者がいない事を聞いて若利がほっとした顔になる。


「ただ、魔獣の数が多くて手が回らんのです。一匹一匹は、何人かで抑え込めば良いんですが……」


 言いながら源三は魔獣に目を向ける。先ほど若利に殴られた魔獣の周囲には、庇うように他の魔獣が寄って来ていた。


「あんな様子で、一匹を相手にしていても、すぐに他の魔獣が寄って来るんです」

「なるほど、群れですか」


 源三の話を聞いて独楽が頷いた。

 魔獣とは理性を失い、本能のままに暴れ回る存在だ。だが、その中には数匹の群れで行動する魔獣もいる。

 群れで行動をする魔獣は、連携を取って敵に襲いかかり、弱った味方を庇って守る。傍から見れば『理性など失っていないのではないか』とも思えるような行動を取るのだ。


 継ぎ接ぎ世界が誕生してから十年経つが、未だにその理由は解明されていない。今のところは『理性を失う前の習慣がそうさせるのではないか』という仮説が主流であった。

 群れで行動する魔獣たちは、体こそそれほど大きくはないものの、数で襲い掛かって自分たちの何倍も大きな獲物を仕留める事が出来る。

 一匹単位で動く魔獣と違い連携が取れている分、その数が多ければ多いほど厄介な相手であった。


「ひー、ふー、みー……八匹か」


 広場で暴れる魔獣の数を確認して、独楽の目は細まる。人型では逃げる全員を庇いながら倒すには厳しい数だ。


「甘栗はどうした?」

「それが、屋敷に戻る前に見回りに行くと言ったままで……」


 源三の言葉に独楽がギリ、と奥歯を噛んだ。

 獣人である独楽は人の姿を取らなければ神雷を使えない。そして独楽が使える神雷は守りに特化したものだ。役割を分担するならば独楽が守りで天津が攻めである。

 天津がいない現状、住人たちの守りと魔獣の対応は、独楽が一手に引き受ける事になる。そしてそれは人の姿のままでは難しかった。

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