第54章 大家さん、位階を上げる

第639話 芹江さん!? 投げやりにならないで下さい!

 3月4日の月曜日の朝、茂は志保から本部長室に来るよう呼び出しを受けていた。


 入室の許可を得て本部長室に入った茂は肘掛椅子に座りながらモフモフなぬいぐるみを抱き締めている志保を目にした。


「何やってるんですか吉田さん?」


「昨日モフランドで買ったグッズで癒されてます」


「それは私がいない所でお願いしたいのですが」


「芹江さんも私の話を聞けばこのぬいぐるみに抱き着きたくなった気持ちがわかります」


 その瞬間、茂は携帯していた胃薬を飲んだ。


 咄嗟の出来事で胃にダメージが来ても良いように茂はスーツのポケットに即効性の胃薬を入れていたのである。


 志保は茂が自分の目の前で突然胃薬を飲み始めても注意したりしない。


 それは茂に胃痛でダウンされたら自分の負担が増えるからだ。


 加えて言うならば、茂程ではなくとも志保だって胃が痛くなることはあるので茂が胃薬を飲みたい気持ちを理解できるというのもある。


「話を聞く準備は良いですか?」


「お待たせしました」


「いえいえ。では、本題に入ります。M国から日本に冒険者の派遣要請が入りました」


「M国からですか。北と南のどちらに対してでしょう?」


「両方です」


「・・・胃薬追加します」


 志保の口から出た言葉を聞いて茂は胃薬を追加した。


 奈美に用意してもらった胃薬には1粒で効かない時用の胃薬もあるため、茂は安心してその胃薬を飲める。


 M国は北にR国、南に旧C国という位置にある国であり、今までコツコツと国内のダンジョンの間引きに徹していたことでスタンピードの被害を最小限に抑えていた。


 しかしながら、”大災厄”のウァレフォルがR国を略奪と裏切りの横行する国に変えたせいで北からの難民対応を余儀なくされていた。


 それだけでかなりギリギリのところだったのだが、旧C国のモンスターが北上を始めたので手が回らなくなって日本に冒険者の派遣要請をした訳だ。


「ついでに情報を共有するならば、R国内部はモンスターの奇襲要素がある戦国時代に突入してるそうです」


「R国の落ち武者がM国に攻め入る恐れがあるんですね、わかります」


「ということで戦闘ができるランクの高い冒険者パーティー、いえ、クランを派遣希望とのことです」


「”雑食道”を派遣しましょう」


「芹江さん!? 投げやりにならないで下さい!」


 茂が最初からとんでもない意見を出してくるものだから志保は慌ててしまった。


 それと同時に彼を追い詰め過ぎてしまったと反省もしている。


 ところが、茂は投げやりに”雑食道”をチョイスした訳ではなかった。


「投げやりではありません。藍大から聞いたんですが、ゲテキングが海外派遣に乗り気らしいです。雑食の布教も同時進行らしいですけど」


「最後の一言がなければ安心して任せられるんですが、雑食の布教の影響が怖いです。M国やR国の難民が食糧不足になった場合、ゲテキングが喜んで雑食の沼にM国民を引き入れそうですよね?」


「それがゲテキングの報酬になるならwin-winじゃないですか?」


「”雑食道”の派遣については一旦保留させて下さい。他に派遣に前向きなクランはありますか?」


「”迷宮の狩り人”と”近衛兵団”は藍大の手を煩わせることがないように動いてくれるかもしれませんが、積極的な姿勢ではなさそうです」


 ”雑食道”を派遣すると何かとんでもないことが起きそうだと判断し、それ以外で派遣に応じてくれそうなクランはいないか確認してみたけれど、志保の望みを叶えてくれそうなクランはいなかった。


 基本的にテイマー系冒険者を抱えるクランは国内のダンジョン管理に忙しい。


 特に三原色クランと白黒クランはサイドビジネスも行っているため、よっぽどのことがない限り外国派遣には応じないだろう。


 そう考えると魔皇帝軍か”雑食道”に依頼するしかない。


 ”楽園の守り人”ならあっさりと緊急事態をどうにかしてくれるかもしれないが、DMUは”楽園の守り人”に頼り過ぎている。


 いくら茂と藍大が仲の良い幼馴染だとしても、頼り過ぎて便利屋扱いされていると藍大に思われたら本当に困った時に助けてもらえないかもしれない。


 だとすれば”迷宮の狩り人”か”近衛兵団”に協力を依頼するしかあるまい。


 仮に”雑食道”をM国の南北のどちらかに派遣したとしても、もう片方をどうにかする必要があるのだから。


 そこまで考えて志保は考えをまとめた。


「M国北部の警戒を”雑食道”に依頼します。南部は”迷宮の狩り人”の丸山さんに依頼しましょう」


「”雑食道”は保留じゃなかったんですか?」


「R国の難民と暴徒が雑食でおとなしくしてくれたら儲け物じゃないですか」


「私の考えが投げやりじゃないとご理解いただけたようですね」


「ええ。それしかないと考えてのことだったとわかりました」


 茂がもうどうにでもなれと思った訳ではなく、”雑食道”を選んだ根拠があると理解できれば志保に”雑食道”への依頼を拒む理由はなかった。


「南部にマルオを派遣しようと考えたのはどうしてですか?」


「現時点では逢魔さんが魔皇帝で丸山さんが死王ですよね。だったら、今回丸山さんが活躍すれば死王から死皇帝になれるかもと思ったんです」


「弟子が師匠の二つ名に追いつく機会を用意したってことですか」


「その通りです。芹江さん、丸山さんへの連絡をお願いできますか? 私はゲテキングに電話で依頼しますので」


「わかりました」


 茂はこの場で電話する訳にもいかず本部長室を出て自室へと戻ると、職人班の班長である梶がケースを抱えたまま茂の部屋の前で待っていた。


「芹江さん、やっと見つけました」


「どうしたんですか?」


「見せたい武器があるんです。試しに作ったらうっかり成功しちゃいましてね」


 梶がケースにしまっている武器を廊下で出す訳にもいかないので、茂は梶を自分の仕事部屋へと招き入れた。


 梶は部屋に入ると早速ケースの中の武器を取り出して茂にお披露目する。


「これはジャマダハルですよね?」


「そうなんですがそうじゃないとも言えます」


「・・・そういうことですか」


 梶が何を言いたいのか知るべく鑑定してみたところ、茂は目の前に置かれたジャマダハルが変形することを知った。


「どうです? 変形武器の再現に完成しましたよ。まだジャマダハルと両手剣の2つの形態にしかなりませんけどね」


「ドライザーがアビリティでDDキラーを作ったと教えてから取り組んできましたもんね。おめでとうございます」


 DMUの職人班はドライザーが<鍛冶神祝ブレスオブヘパイストス>を会得して以降、”楽園の守り人”からの装備作成依頼がなくなって悔しがっていた。


 シャングリラダンジョン産の素材は供給を止められることもなかったため、打倒ドライザーという目標を掲げて日夜変形武器の研究に励んだ。


 その結果として変形するジャマダハルを完成させたのだから、職人班の情熱は並のものではないと言えよう。


「ありがとうございます。このジャマダハルで俺達はスタートラインに立ちましたが、ドライザーにはまだ遠く及びません。もっとすごい武器を作ってみますよ」


「無茶はしないで下さいね」


「わかりました。それじゃあ失礼します」


 梶はやる気に満ちた表情で茂の部屋から出て行った。


 良い気分転換になったこともあり、茂は少し気持ちが軽くなった状態でマルオに電話した。


『はい、丸山です』


「おはようございます。DMUの芹江です。今、時間を貰っても良いですか?」


『どうぞ』


「死王から死皇帝になるチャンスがあるんですが、M国南部に行ってみませんか?」


 二つ名が簡単に変更されることはない。


 つまり、二つ名が変わり得るだけの何かが起きている。


 そのように判断したマルオは電話の向こうで真剣な表情をしているのだろう。


 マルオの声が元気なものから真面目なものへと変わった。


『何事でしょうか?』


 茂は本部長室で聞いた話をわかりやすく伝えた。


「M国の状況はこんな感じです。藍大に頼んで行ってもらう程ではないですが、それでも信頼できる実力のある方にしか頼めませんので今回はマルオ君に連絡しました」


『行きます。逢魔さんの二つ名に少しでも近づけそうですし』


「ありがとうございます。それでは、派遣のスケジュールと依頼内容は改めてメールでお知らせしますね」


『よろしくお願いします』


 マルオとの電話が終わった後、話がスムーズに進んで茂がホッとしたのは言うまでもない。

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