コマースの仕事
コマースに住み始めて、一ヶ月がすぎた。
「ただいまぁー!」
宿屋にサンの元気な声が響いた。
「おかえり!」
声に気づいたシンが手を止めて、振り返る。
「今日はね、ずっと前からおすすめしてた絨毯を買ってもらえたんだ!」
「お嬢ちゃんよかったなぁ」とシンのすぐ前に座る旅人風の男が言う。
「お客さん?」
「そうだよー、挨拶しな」と微笑みかけながら、シンは旅人の肩に当てていた手をそっと離した。
「だいぶマシになったと思うんですが、どうですか?」
旅人はシンの言葉に具合を確かめるように肩をぐるぐると回した後、納得したように頷いた。
「この宿に泊まってるシンってやつの施術は効果覿面だって聞いてきたけど、なんだか本当に軽くなってきた気がしたよ」
「おい、次は俺だ!早くしてくれ!」
「シンのせじゅつ、人気だねえ」
「サンばっかりに働かせられないからね、僕も頑張るよ」
シンはこの街でマッサージ師として働いていた。
以前、宿の女将さんが辛そうにしていたので、肩揉みをしてあげた時に持病の腰痛まで治ったと痛く感謝された。
体の歪みが取れるように祈りを込めると、力のおかげで肩以外の不調も少し良くなるそうだ。教えてくれたサラに「昔のお前は、遊びすぎた次の日の筋肉痛とかも治してたぞ」とも言われた時は「歪みってもっと、凄いものを直すイメージだったんだけど、なんか定義がいい加減だな…」と苦笑いしてしまった。
それから、女将さんは宿の客や食堂の利用者に、シンのマッサージをお勧めしてくれている。
(その見返りに、女将さんへの肩揉みは無料でやっている)
シンのマッサージはクチコミで少しづつ広まり、宿の利用者だけでなく、街の住人にも頼まれる事が増えてきた。
そういえば、中には今にも倒れそうな顔でやってくるが、あまり歪みが感じられない女性客もいた。そんな人には、シンには分からない病気が隠れているかも…と近くの町医者を進めると、一様にため息をつかれるので、少しどう対応すれば正解なのかわからなかった。
後は、ため息をつく女性だけでなく、あまりに症状がひどい客にも、無理に全部治さずに医者に行くように勧めていたら、その分彼の仕事が増えたらしい。
疲れ切った町医者に施術を依頼された時は苦笑いしてしまった。
「俺が倒れた時は誰も治せないんだってのに、休ませてくれない…」と言うぼやきに、シンはいつもよりしっかり不調がなくなるように祈りを込めた。
サンもギースの商社で良く働いているらしく、セルと行った往診の帰りに店を覗くと、手触りの良さそうな豪華な絨毯を片手に生き生きとした顔で説明をしていた。
今日買ってもらった絨毯は、もしかするとあの時の商品かもしれないな、とシンが思い返していると、
元気な声が入り口から聞こえてきた。
「あぁー疲れた!」
「シン、ただいまー!」
「ただいま」
サンが人数を数えて首を傾げる。
「あれ?レナード、また増えてない?」
食堂に戻ってきたレナードは、サラを肩に乗せて、ジェマと、セルと他に3人の子供を連れていた。
「うちの子の面倒も見てくれって、果物のお裾分けと引き換えにたのまれちゃってさー」
また、どさどさとお土産をテーブルに置いていた。
「おかみさん!これお土産!店が忙しくなる前にはみんな迎えにくるって言ってた!!」
「あらまぁ、今日も大漁ねえ」
サンとシンがそれぞれ仕事をしている間、レナードが子守を引き受けてくれたのだが、「秘密の特訓」と称した遊びの様子を見ていた周囲の親が、自分の子供の面倒も見てくれと頼むようになっているらしい。
「みんなボロボロだけど大丈夫なの…?」
「ああ!大丈夫だぜ!怪我したらシンに診てもらうし!」
「バカ言わないの。」
サンはレナードの荒っぽい子守で大丈夫か心配していたが、意外にも彼のベビーシッターも好評らしい、「とにかく子供が夜寝るようになった!」
「子供が家事を手伝うようになってくれた!」
「子供が夜更かししなくなったわ」
「ワガママが減った!」
と親たちから感謝の言葉と共に、お裾分けをたくさんいただくようになった。
ちなみに、そのお裾分けの内容によって、その日の女将さんの機嫌と夕ご飯の質が大きく変わってしまうので、シンたちにとってこれはとても重要なことだった。
そんなこんなで、一ヶ月もたった今では、それぞれの稼ぎを合わせると、女将さんの厚意と肩揉みで元々安くなっていた滞在費用は、ジェマの宝石の売り上げを使わなくても賄えるようになっていた。
ちなみに、この日の夕飯は、肉の香草煮込みに、デザートにフルーツの盛り合わせがついていたので、「アタリ」の日だった。
「明日はサンの休みの日だっけ」
「そうよ」
「じゃあ、少し落ち着いたしマッサージもお休みにしようかな」
いいの?と聞くサンにもちろん!とシンは答える。
「そんなにゆっくりできてなかったし、みんなでどこかに行こうか」
その時、五人と一匹ではない声が、シンの問いかけに応えるように響いた。
「ねえシン、私はこの街を散策してみたいわ!」
「…へ?」
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