第18話 逃げ出す
『ピギャー!』
ミカエラを取り押さえていたオークたちが、怒声を上げながら僕に襲いかかってきた。
しまった!
完全に気を抜いてしまった!
やられる!
と思ったが、オークたちの首が突然飛んだ。
オークたちが崩れ落ちると、クロの小さな身体だけが生気のない肉塊の中で佇んでいた。
「フハハ! マンジよ、油断は禁物だぞ?」
クロが体に見合わないほどの長く大きな爪を両前足から出していた。
爪にはオークたちの緑色の血が付いている。
「ク、クロ。……ふぅ、助かったよ」
「え、え? マンジくんがなんで? そ、それに、ね、ネコが喋って……?」
「吾輩はただのネコでないぞ、娘。猫の王、幻獣『ケット・シー』である!」
「話は後だよ! 安全圏まで逃げよう!」
僕は、状況が掴めず完全に混乱しているミカエラと、のんきに自慢しようとするクロを連れて、この場から逃げ出した。
僕たちは、転移魔法陣のある結界の張られた洞穴の中の祠まで戻ってきた。
「うむ。ここまで来れば安全だな! フハハハ!」
クロは腰に手を当てて、高笑いをした。
僕もオークたちの大群から逃げ出せてホッとして地面に座り込んだ。
「ハァハァ。そ、そうだね。でも、ミカエラさんは何、で!? ……ご、ごめん!」
僕はミカエラの方を振り向いたら、破れた服から胸が見えてしまい、急いで目をそらした。
身体が勝手に前かがみになってしまう。
従姉妹のカーリーに比べれば、控えめだけど、いい形だな。
って、そんなこと考えるな!
あぅぅ、ど、どうしよう、気まずい、ぴ、ピンクが……
「だ、大丈夫。そ、その……」
「うむ、娘よ。話は後だ。祠の中に古いが着るものがある。うぬの格好では、童貞のマンジには刺激が強すぎる」
ミカエラは、余計なことを言うクロの言葉で自分の格好に気が付いて、急いで祠の中に入っていった。
「……ふむ、どうやら矢に毒は仕込まれて無さそうだな」
クロは着替え終わったミカエラから引き抜いた矢を検分した。
僕はそれを聞いてホッと胸を撫で下ろした。
ミカエラは、足に刺さった矢をキレイに引き抜いた後、自分に回復魔法をかけている。
僕たちは祠の中でお互いに、どうしてこの半島にやって来たのかを話し合った。
「……そう。マンジくん達が来てくれて本当に助かったわ。ありがとう」
「う、ううん、いいよ、これぐらい。……でも、奈落の守り人になるってこんなに大変なんだね」
「そう、ね。私も全然ダメね。いつまで経っても誰かに守られて、弱いままよ」
ミカエラは悔しそうに唇をかみしめている。
「そ、そんなこと無いよ! ミカエラさんは強いよ!」
「そんなことないわ! このくらいの試練も一人で出来ないなんて。情けない!」
ミカエラの目から涙がこぼれた。
普段冷静なミカエラがこんなに感情的になるなんて、僕は何て言葉をかければいいのかわからなかった。
「……娘よ。焦ってはいかんぞ。あの状況では、一流の戦士でも一人で切り抜けるのは至難の業だ」
「で、でも奈落の守り人になるって、超一流の戦士になるってことよ!」
「うむ、そうだな。だが、いきなり一人前になれる者などおらん。うぬの伯父も今では世界最強の剣神などと呼ばれてはおるが、うぬの年の頃は手の付けられない悪ガキだったのだぞ」
「え!? カイン伯父さんの事を知っているの!?」
ミカエラが驚いているけど、僕も初耳で同じように驚いてしまった。
「まあな。吾輩がマンジの祖父ジョーンズ様と旅をしていた時に知り合ったぞ。当時のあやつは奈落の守り人の責任と罪悪感から壊れそうになっておったが、ジョーンズ様のおかげで今では剣神などと呼ばれておる」
「そっか、あの悩みとは無縁だと思っていた伯父にもそんな時代があったのね。……ありがとう、ちょっと元気になった」
ミカエラは涙を拭い、立ち上がって外に出ていこうとした。
「待って、ミカエラさん! 一人じゃ危ないよ!」
「ありがとう、マンジくん。でも、私はこの試練を乗り越えないといけないの」
ミカエラは引き留めようとする僕に、小さく首を振った。
クロは感心したように口端を上げた。
「ふむ、見事な覚悟だな。だが、マンジの言う通り、一人で行くな」
「でも、私はこの試練を降りる気はないわ!」
「フハハ。吾輩は降りろとは言っておらん。
「……無様でもいいから、生き残れって」
「そうだ。
「あ!」
ミカエラの驚く顔を見て、クロはまた口端を持ち上げてニィと笑った。
僕もミカエラの力になろうとグッと拳を握り込んだ。
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