第20話 一騎打ち

 僕の目の前に立つ相手は、ミカエラを助けるときに倒したハイオークとほぼ同格だ。

 しかし状況が全く違う。

 あの時は完全に不意打ちだった。

 今度は真っ向からの一騎打ちだ。


 心臓は破裂するほど鳴り響き、口の中が乾き、背中には冷たい汗が流れてくる。

 これが、本当の実戦。

 怖くて体が震える。

 足に力が入らなくて宙に浮いているような気がする。


「あ!」


 敵がいきなり襲いかかってきた。

 ハイオークの振り降ろしたこん棒が地面にめり込む。

 僕はとっさに横に跳び、かろうじて躱すことができた。


 でも、これを見て、僕はガチガチと歯が鳴っていることに気が付いた。

 まともに食らったら、死……


「落ち着かんか、マンジ!」


 クロが一喝したことで、僕はハッと気を取り戻した。

 そうだ、落ち着け!


「うおおおお!」


 僕は、恐怖心を紛らわすために叫んだ。

 これが予想外に功を奏した。

 相手が少し怯んだように一瞬体を震わせたことに気がついたからだ。


 そうか。

 相手も得体のしれない相手を前に緊張しているんだ。

 僕は大きく息を吸い込んだ。


「すぅ、ふぅ。……は、はは、ハハハ!」


 僕は、気が落ち着くと同時に笑いがこみ上げてきた。

 これが何なのかわからなかったが、何故か気分が高揚してきた。


 敵は攻撃してきたが、今度は余裕でかわせた。

 クロの動きに比べれば、遥かに遅い。


 僕はタイミングを見計らい、学校の講義で教えられた柔術の朽木倒で引っ張り倒した。

 そして、そのまま馬乗りになり、拳を何発、何十発も打ち込んだ。


「があああ!」

「落ち着けい、マンジ! 勝負ありだ!」


 クロに声をかけられて、気を落ち着けた。

 気が付くと、ハイオークの顔面は原形を留めないほどの肉塊になっていた。


「ハァハァ、はは、やった。……い、いってえ!? な、なんじゃこりゃー!?」

「バカモノが。むやみやたらと拳を振り回しおって。拳が壊れておるわ」


 僕はあまりの激痛に悶え苦しんだ。

 血まみれの自分の拳を見て、血の気が引いた。


「あぅう、クロ、どうしようー」

「やれやれ、確実に骨は折れておるだろうから、帰ってからサヨの実家の診療所で治療してもらうぞ」

「そ、そんなー。またおばあちゃんに心配かけちゃうよ」

「下手に素人が回復魔法をかけたら、変な形で骨がくっつくからな。ちゃんとした治療師に治してもらわねばならん」


 僕は祖母に怒られると思い、がっくりと項垂れた。

 はぁ、何でこんな事したんだろう?


「ふぅ、マンジよ。これに懲りて、我を忘れるでないぞ。……ミカエラの戦いをよく見ておけ」

「そ、そうだ! ミカエラさんは!?」


 僕は、手の痛みを忘れるほど、ミカエラのことが心配になった。

 相手はハイオークが可愛く感じるほどの、更に格上のオークジェネラルだ。

 一騎打ちで倒そうと思ったら、ヤマト王国の正規兵団でも部隊長クラスの実力が必要だ。

 士官学園がエリート集団とはいえ、一介の学生からしたら遥かに格上の相手だ。


☆☆☆


 一方ミカエラにとって、初めて勝てるかどうかわからない相手との真剣勝負だった。

 普段、稽古をつけてくれる相手は、世界最強『剣神』カイン、天才諜報員『黒影』カーリー、他にもヤマト王国最強の特殊部隊の隊員たちだ。


 しかし、誰もがミカエラを子供扱いして手加減をしていることは明白だった。

 それでも手も足も出ない自分を歯がゆく思うが、彼らを責めることは出来なかった。

 自分の力の無さがいけないことは誰よりもわかっているからだ。


 ミカエラは格上のオークジェネラルとの一騎打ちに持ち込むため、同じ学校の落ちこぼれを信じて背を任せ、作戦に従った。

 見栄もプライドもどうでも良かった。

 なりふり構ってなどいられなかった。

 無様でもいいから生き残る。

 しかし、最後は自分の力を示すしか無かった。


 同世代では一番と評価を受けているが、はっきり言ってどんぐりの背比べだと、ミカエラは思っている。

 たかが学校という狭い世界で何がわかるというのか?

 入学したばかりのミカエラには、まだわからない。

 しかし、今、一人の戦士として、外の世界で真価を問われる時が来た。


「はぁあああ!」


 ミカエラが、オークジェネラルに斬りかかろうとした。

 しかし、オークジェネラルの巨躯からは想像もできないほどの速さで、重厚な戦斧を振り下ろした。


「くっ、速い!?」


 ミカエラは辛うじて避けることは出来たが、予想外の速さのため、避けるのが精一杯で体勢を崩された。

 ここで追撃を喰らったらミカエラは一巻の終わりだったが、オークジェネラルは侮って下卑た笑いを浮かべている。


「む! ……ふぅ」


 ミカエラは侮られているとわかったが、逆に冷静になった。

 相手が油断してくれることは、ありがたかった。

 ミカエラは次々と繰り出される攻撃を隙を伺いながらかわし続けた。


☆☆☆


「す、すごい。まるで踊っているみたいだ」


 僕はミカエラの動きの美しさに見とれてしまった。

 本当に、ミカエラは女神の化身じゃないかと思ってしまう。


「フハハ。見事な剣舞だ。実戦の中でこれ程使いこなせるとは素晴らしい。これは完全に集中しておるな。うぬが見習わねばならぬところが山ほどあるぞ?」

「う、うるさいな、もう。クロに言われなくてもわかってるよ」


 ミカエラは当たれば致命傷の攻撃を、静かに燃える炎が風に揺らめくように華麗にかわし続けている。

 死と隣り合わせなのに、自分を見失うことなく集中している。

 僕には出来なかったことだ。


 冷静なミカエラとは対照的に、相手は苛立っているように見える。

 オークジェネラルからしたら、陵辱する対象の人間の女に手こずっていることに、怒りで冷静さを失っているのかもしれない。

 オークジェネラルが力んで戦斧を大ぶりで振り下ろした。


『ピギャギャー!』


 ミカエラはこれを見逃さず、風に煽られた炎がさらに熱く燃え盛るかの如く、瞬時に攻撃に転じた。


「はああ! 魔法剣『燃え盛れ断罪の炎フレイムタン』!」


 ミカエラの炎を纏った必殺の横薙ぎが襲いかかった。

 オークジェネラルの胴はがら空きだ!


「やった!」

「いや、浅い」


 僕は勝負が決まったと思い喜んだが、クロの言う通り、まだ終わっていなかった。

 ミカエラの剣は、オークジェネラルの鋼鉄の胸当てに急所を阻まれ、折れた。

 オークジェネラルはこれを見て、勝負があったとニヤついた。


「やああああああ!」


 ミカエラはこれでも動じず、相手の一呼吸の隙を突いて、腰からダガーを抜いた。

 そして、オークジェネラルの喉元に突き刺した。


『ぐぼぉ!?』

「まだまだ! 『燃え盛れ断罪の炎フレイムタン』!」

『ぐべごぼぼぉ!?』


 ミカエラはさらにトドメとばかりに突き刺したダガーに炎を纏わせた。

 オークジェネラルは、驚愕の表情から苦悶に変わり、内側から焼き尽くされた。

 そして、言葉にならない叫び声を上げながら崩れ落ちた。


 ミカエラの勝利だ。

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