二学期
第22話 新学期
今日から新学期だ。
一学期は大きく出遅れたので、僕は気合を入れて家を出た。
今日はクロの修行を休みにしたので体調は完璧だった。
クロはいつもの玄関ポーチで、ただのネコのように丸くなって眠っている。
こうしていると、幻獣『ケット・シー』ではなく、ただの黒猫だなとクスッとしてしまう。
でも、こんな事を言ったらクロに怒られるんだろうな。
「あ! おはよう、マンジ!」
幼馴染のサヨは、相変わらず明るく元気に挨拶をしてきた。
もう一人の幼馴染タツマも一緒で、二人共よく日焼けをしている。
「おはよう、サヨちゃん、タツマも。昨日はお土産ありがとうね」
「へへ。いいってこったぜ。マンジも一緒に来れたら良かったのにな」
「うん、僕も行きたかったよ。でも、僕は僕でクロと修行してたからね」
「そうみたいだな。今のマンジは夏休み前とはオーラが違うぜ。何やってたんだよ?」
「うーん、話すと長くなるんだけど。でも、タツマもリュウキュウでしっかりと修行してたのが分かるほどオーラが力強くなっているよ。まだまだ追いつけないな」
「キャハ! マンジがタツマに追いつくって言ったよ! 中等学校までだったら考えられないなぁ。でも、今のマンジならタツマとちゃんとした勝負が出来そうね」
「ええ!? 僕はそんなつもりは無いよ!」
「へへへ! 俺もサヨと同じ意見だぜ? あのクロが幻獣だったのに驚いたけど、今のマンジを見れば納得できるぜ!」
タツマは僕の肩を組んで、楽しそうに笑っている。
僕は、幼馴染の出来る男に認められて、嬉しくなって一緒に笑った。
「お、おはようございます、みなさん!」
魔法科のトンガリ帽子を被っているが、見たこともない美少女が話しかけてきた。
僕とタツマは、キョトンとして顔を見合わせた。
僕たちが見覚えの無いような顔をしたので、この美少女は顔を赤くして目を潤ませている。
「こら!」
「「いて!!」」
僕とタツマはサヨに頭を叩かれた。
サヨは頬を膨らませて僕たちを叱った。
「もう! この男どもは鈍感ね! この子はディアナちゃんよ!」
「「ええ!?」」
僕とタツマはまじまじと目の前の美少女を見た。
確かに、よく見ればディアナと同じ銀色の髪だ。
でも、ボサボサだったくせっ毛はキレイに整えられ、ゆるふわパーマみたいになっている。
瓶底のような分厚い野暮ったいメガネは、クリアで縁の薄い大きな丸型のおしゃれメガネに変わっている。
二重まぶたの大きくパッチリとした青い瞳がクリクリしているのが透けて見え、可愛さが何倍にも増しているかのようだ。
「あぅぅ、やっぱり止めておけばよかったです。ミサ先生にイジられてしまって」
ディアナは赤い顔をしたまま、泣きそうになってしまった。
僕とタツマは焦ってしまった。
「わ、悪りぃ! ディアナちゃん、い、いつもと違ったからさ。な、なあ、マンジ?」
「う、うん。そうだよ。ディアナちゃんが、可愛くなってたからわからなくてさ」
「え!? か、かわ、いい?」
ディアナは更に赤くなって、雷が落ちてしまった。
これは、比喩じゃなくって……
「うわぁーー、ディアナちゃん!? お、落ち着いて!」
僕たちは、赤い顔をしながら周囲に雷を落とすディアナを落ち着かせようと、パニックになった。
あの苦戦したオークの大群も、これで掃討できるかもしれない。
「やれやれ、貴様たちは相変わらず騒がしいな、サカノウエ・タツマ?」
『英雄王』の息子トクダ・ムラマサが、呆れた顔をしながら登校してきた。
いつものように、魔法科の双子の従者達を連れている。
「へ! 相変わらず嫌味なムッツリスケベだな?」
「ちょっと、タツマ! ケンカはダメだよ!」
タツマは、ムラマサと睨み合った。
ムラマサを前にすると冷静さを失くすタツマに、僕はハラハラだ。
「あら? 初日からにぎやかね、マンジくん?」
「あ、ミカちゃん!」
通りで騒いでいた僕達を見て、ミカエラが話しかけてきた。
どうやら、あの半島から無事に戻ってきたみたいで、ホッとした。
「なん…だと…?」
ムラマサは、僕とミカエラが話をしているのを見て、なぜか愕然としているようだ。
「ええ!? ど、どういう事なの!?」
「お、俺も知らねえよ!?」
友人たちは、僕とミカエラが話をしているのを見て、ざわざわとしている。
何か、大げさだな?
「ミカちゃんが無事で安心したよ」
「心配してくれてありがとう。本当は三日前に帰ってきてたんだけど、力尽きてずっと家で寝てたの。御礼に行けなくてごめんね」
「ううん、そんな事気にしないよ! やっぱり大変だったんだね?」
「ええ、そうね。私はまだまだ力不足だってわかったわ。でも、今回のことで奈落の守り人として認められたわ。見習いとしてだけどね」
「すごいよ、おめでとう! でも、オークジェネラルを一人で倒したのに見習いなんて奈落の守り人ってそんなに難しいんだね?」
「ええ。まだまだ目指す先は遠いわ。でも、君の助けが無かったら私はダメだったわ。ありがとう」
ミカエラはペコリと僕に頭を下げた。
ミカエラが改まってしまったので、僕は焦ってしまった。
「い、いいよ、そんな! 僕だって、クロがいなかったら何も出来てないよ。……そうだ! ミカちゃんも、僕たちと一緒に学校に行こうよ!」
「え? ……それは、止めとくわ。せっかく楽しそうなのに邪魔しちゃ悪いから」
ミカエラはそう言って、一人で先に行ってしまった。
颯爽とした後ろ姿に、僕は思わずため息が出てしまった。
やっぱり、可愛い。
「マンジ~? どういうことだよ?」
「え? どういうことって何の事、タツマ?」
「そうよ! ミカちゃんとか呼んで、すっごい仲良さそうじゃない! 夏休みの間二人で何してたのよ!」
サヨもタツマもすごい剣幕で問い詰めてきた。
もしかして、さっきざわざわしてたのって、そういう事?
「な、何って、誤解しないでよ! た、たまたま修行先で一緒だっただけだよ!」
「たまたまって、そんな関係には見えない……きゃあ! ディ、ディアナちゃん、落ち着いて!」
「ふ、ふふ、ふふふ。みかえら、ころす……」
ディアナは全身から稲妻がほとばしり、髪の毛も逆立っている。
こ、これは伝説の……
「いやぁ! ディアナちゃんが壊れた! マンジ、謝りなさい!」
「ええ!? な、何で僕が!?」
僕とサヨは、学年で一番の魔力を持つディアナの暴走に、ガクブルと震えた。
ふと見ると、ムラマサはうつむいてプルプルと震えていた。
「……どういうことだ? なぜ、貴様のようなCクラスのやつが、ミカエラと親しげに話をしておるのだ? 許さん、許さんぞ!」
「え、ちょっと、止め!?」
ムラマサは、いきなり僕に飛びかかろうとしてきた。
しかし、双子の従者たちに制服の裾を掴まれて押さえられている。
まるで、リードに繋がれた狂犬のようだ。
「……はぁ、やめなさい、若」
「そうです。おすわりです」
「ええい! 離せ、離さんか! 私はこのサル顔を縊り殺さねば気が済まん!」
「へへへ! 何だよ、もしかして、ミカエラに惚れてんのか、王子様?」
タツマは意地悪そうにムラマサを見て笑っている。
シズとチズは呆れ顔でため息をついた。
「そうなんです。若はミカエラさんの事を好きなのですが、声もかけられないのです」
「若は昔っから、私達以外の女の子とは緊張して話も出来ません」
「よ、余計な事を言うな!」
「ギャハハ! やっぱ、ムッツリスケベじゃねえか!」
「……タツマ、人をバカにしてはいけません。」
笑い転げるタツマに、サヨは冷たくツッコんだ。
が、笑いを堪えているように小さく震えている。
「けっ! ガキみたいにギャアギャア騒ぎよって、アホちゃうか」
タケチたちが、反吐が出るというような顔をしながら通り過ぎていった。
入学早々、タケチたちにはいじめられたが、今はもう不快感はなかった。
今の僕は、ひとりじゃない。
賑やかな友人たちに囲まれて、明るい笑いがこみ上げてきた。
うん!
今の僕なら新学期もやっていける。
何だか、幸先の良いスタートが切れた気がした。
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