アンヴァーテイラ・コバルトスワロー・アルメリア・2-2

「アンヴァーテイラ・コバルトスワロー・アルメリア。彼女がアルメリア家の当主であったなら――。そのように思い深く、想像巡らせる民は多いってこと」


 再び先ほどの公園方面へ歩き出しながら、ワルツは辺りの街並みをぐるりと、広く指し示した。


「アンヴァーテイラが政策を執った時期があった。これでも、程々だと思われるかもしれないけれど、それまでは、この場所にここまでの活気はなかったんだ。――中央区に遊園公園という交流促進スペースを形作ったのは、アンヴァーテイラの手腕だよ。この住宅街のどこにそんなスペースを設けるんだという難題に飛翔の答えを打ち出して、いま必要とされるそれ以上――停滞したこの場所に文化の風が通るような配慮さえ組み込んだ多角視界の構想を見据えて、そして、それを形と成した。実際、昔より豊かになったみたいだね。僅かだけれどね、大きな変化だ」

「――――――――????」


 実は知っている人が凄い人だった、とか。


 コバルトスワローの彼女がどんな何を経て政策指揮を? といった疑問や。


 驚愕の才覚――に、驚愕する、その前に。



 その全てを押し退けて頭を占めた、



 ――混乱するリプカが何かを問う前に、ワルツは話を進めた。


「アンヴァーテイラが賭場に足を踏み入れたばかりの頃だった……私は彼女と相対した。――リプカちゃんはさ、恐怖に類する感情で、お漏らししちゃったことはある?」

「い、いえ……」


 いきなり問われた突飛なことに、心中で「漏らすところを見たことならある」と秘して思いながら答えると、ワルツは「私はあるんだ」と、至って情緒の変わるところもなく答えた。


「どうしてかなァ、自分語りをしていたんだ、私は」

「自分語り……?」

「いつの間にか、乗せられていることにも気付けず、永遠自分のことを語っていた。言っちゃいけないことまで、自身の根幹を成す個人性格の要素までをべらべらと語っていたことに気付いたときは唖然とした。そして改めて、私は彼女を見た。――【素直な自分アリス・アビス】なんて大仰でナンセンスなで呼ばれていた理由を理解したよ。全身の、特に腰から下の感覚が完全に無くなっちゃってさ。肌を焼きながら伝うように、血のようなものが垂れて流れてるっていう妙な感覚を覚えて見れば、それが、自分の尿液だった。――彼女は粗相した私を笑わなかったけれど、気を緩めてもくれなかった。コテンパンにされたな、世界の才を思い知ったよ。……あの子が、五歳のときのことだった」

「ゴっ――、…………なッ、ご……5、五さ、い……!?」


 顔面蒼白になって、リプカはうわ言のように確認の言葉を繰り返した。

 冗談と明かされたほうがよっぽど納得のいく事を告げたワルツは、ちょっとした悪戯だと明かすこともなく、冗談のない顔のまま話を続けた。


「その後、賭場で結果を残したアンヴァーテイラは【カエルム】の力で一時いっとき、アルメリア領域の実権を握るに至った。けれど――アヤセの国から招待された賭博士に、負けちゃったんだ。どうやってか急場は逃れたようだけれど……それ以来、彼女はコバルトスワローの立ち位置に収まり、『身の程』というものを意識するようになった。結局残ったのは、いくつかの功績、それだけ。未だにあの子を望む声も街中にある、希代の才女、女王の器と――」

「――――……そう」

「正直、未だにアンヴァーテイラのことは、ちょっと怖いんだ。でもここに住めるように計らってくれたのは彼女だし、感謝してる。恨みを持つには……私の実力が、あまりに足りないな」


 最後はくすりと笑うように語って、「話はこれでお終い」と区切りを告げて、ワルツはリプカの顔を見やった。


「なんでだろうね、どうしてか私から、この話をリプカちゃんへ明かさないといけないって気になったんだ。予感とでもいうのか……何かに突き動かされるように。……いまアンヴァーテイラと共にある君に、あの子は凄いってことを、伝えたかったのかもね。なんでかな」


 そして、リプカの瞳を覗き込むように見つめて――脅かすようにではなく、際立った感情のないままその奥をただ見るようにして、告げた。



「彼女は人並み程度に優しいよ。――ただねリプカちゃん、あの子と共に運命の道筋を歩むのなら、彼女の存在と釣り合うような、それなりの覚悟が必要かもね」





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