【アルメア・アルメリア】のアルメリア領域にて・1-3

「はい、今日のお夕食はこちらでございまーす! 結構素敵でしょ?」

 実はあのようなところでお食事をしてみたいな、と思っていたリプカにとっては嬉しい都合で、付き人リリィを含める七人は、パラソル付きのテラス席で夕食をいただくことになった。


 アズが店員と二言三言を交わし、後は皆で和やかに雑談していると、やがて料理が運ばれてきた。


 それは豊かな海産物がふんだんに使われた――サンドイッチであった。


「…………」


 パンの程良い焦げ目が香ばしく、葉菜の緑が鮮やかではあったが、見た目的には、本音を言えば……。


 正直これはどうなんだろうとリプカは思ってしまったが、アズが用意してくれたお夕食である。意を決して、大口の一口でそれに齧り付いてみた。


 すると――。


「――あ、美味しい……!」

「でしょっ?」


 海産物のサンドイッチの意外な爽やかに顔を綻ばせながら、リプカはコクコクと頷いた。


 生地の中に閉じられた香草と海の幸の旨みが、絶妙にマッチしていた。見た目の見慣れなさからは想像のつかない食べ易さで、かなめの香草で海産物のをまったく感じず、香草の風味も主張し過ぎず程良く香り、まさに奇跡的なバランスで互いが互いを引き立てていた。


「アリアメル連合の料理の特色をよく分かってもらうんだったら、まずコレを味わってもらうのが一番いいかなって思ったんだ。アリアメル連合のお里料理はね、海産物と香草を巧みに使って、旨みを引き立てる料理がとっても多いの。逆にお肉は香草なんかを加えず、そのままお肉の味を味わって食べることが多い。ソースもかけないことが一般的なんだよ」

「アリアメルの肉料理とかクッソ不味かろう」

「こら、クインちゃん……!」

「だってここの国の者、肉をガリッガリになるまで焼いて食うじゃろ。あれはそういう宗教なんじゃないかって思っちゃうほどにな。それで、それをソースもかけずそのまま食う。意味わからん」

「こらこら」


 アズは窘めながらも――クインの主張については、特に否定はしなかった……。


 しばらくは穏やかな時が続いた。目新しいお料理に舌鼓を打ったり、これからのことを話し合ったり、お料理を食みながら街の景色を眺めてみたり。


 なんの気なく銘々がこの時間を楽しみ、どこか気を抜き空気を弛緩させている、そんな最中のことであった。


「あ、リプカちゃんはさ――」


 リプカに話を向けようと、彼女のほうに視線を移した瞬間――。


 アズは危うく、「ヒッ」と恐怖の声を上げそうになった。


 ――リプカのほうに視線を移してみれば。

 そこには根源的恐怖を想起させる恐ろしい眼光でいずこかをねめつける、地獄のような表情を浮かべる少女の姿があった。


 アズはその獣とも似付かぬ、人だけが浮かべられる恐ろしいモノが渦巻く瞳を見た瞬間、低く耳の奥で反響するような、形容しがたい妙な音を聞いた。


「距離当てゲームしようぜ」


 竦み上がり硬直したアズに気付き、他の面々もリプカの様子に気付いてぎょっとしたさまを見せる中、ティアドラだけがのんびりと食事を続けながら、呑気な口調を強張った空気の中に投げた。


「お嬢からどーぞ」


 突然そんなことを言い出したティアドラの思案が分からず、みな首を傾げたが――リプカだけはそれに目を細め、端的な答えを返した。


「……東北東方向、やや上空位置、三百メートル」

「残念、二百八十七メートル、あのちょっと背を出した建物の上からだ」


 ティアドラは口端だけで笑み、遥か向こうの、丸い屋根を建物群の向こう上から覗かせた建築物を指差した。


 銘々、ハッとした表情を見せた。


「なにが目的でしょうか……?」

「さあな。敵意も殺意も無く、ただ見てる、って印象を受けるが――明確に俺たちにスポットを当てて監視してるってのは、まあ、間違いなさそうだなァ」

「確かに。しかし、程々の緊張は伝わってきますね……」

「お前ら超能力者か」


 二人のやり取りに、クインが呆れたような声を向けた。

 そしてリプカを見つめると、詰問調子ではない、棘のない口調で問うた。


「なあダンゴムシ、お前の知るアリアメルのの事情というのは、ここに至っても明かせないものなのか?」

「はい……、申し訳ないのですが、今は、それは明かせません」


 ――ミスティアの抱える事情については、セラフィの了解を取り次第に王子たちへ詳細を明かす心積もりであった。


 行くか引くか――決断の以前は事を複雑に考えていたが、行動に移した以上は、考えるべきことはシンプルだった。出立の前準備、クインと様々話し合う中で、そのことに気付かされた。


 つまり苦心すべきは、ミスティアが抱える事情についての、確かな助力者となれるかどうかという一点のみ。


 現状セラが、助力の申し出を必要としていない可能性があろうと、リプカたち一行が明確に解決への一助となると分かれば、彼女は必ず一行を頼るだろう。ミスティアを想うことを第一に考える彼女であることは、折に触れて推し測れたことだから。


 一助となれる道筋を探す。


 致命的な拗れを生む可能性がある以上、状況の進行を焦る必要はない。――はずだった。


「――けれど、その事情は……いま私たちが誰かに監視を受けるような、不穏の理由には……なり得ない事情であるように思うのですが……」

「ハ。きなくさくなってきたじゃねえの」


 ティアドラは哄笑したが、リプカはティアドラのようにどっしり構えてはいられず、僅かばかりの動揺を胸内に滲ませていた。


 なにか間違いがあったのではないか、なにか知り得ないことがあるのではないか。


 守り切れるのか、危険はないか、致命はないか。


 そんな不安心に揺れていると――。


 突然、バシリと音がするくらい勢い良く、テーブルに置いていた手に、誰かの手のひらが重ねられた。


 顔を上げてみれば――そこには、アズの強気な表情があった。


「リプカちゃん――胸を張っていて!」


 アズのアズらしい、自己というものを真っ直ぐに主張するような力強い言葉を受けて。

 リプカは瞬間で、胸内に滲み出た不安を飲み込むことができた。


「――はい、アズ様。ありがとう……」

「んっ!」


 助けたいと願ったから、揺れない。胸を張って、戦うべきモノとしっかり向かい合う――。

 それを乗り越えるだけの答えを、私はすでに持ち合わせている。


 アズの、太陽のような笑顔を受け取って、リプカはそのことに気付いた。


 正直に言えば、不安は未だ確かに、己の中にあるけれど――。


(助けるという願いから、目を反らさずに――胸を張る)


 ぐっと拳を握り締めて、再び、アズの顔を見つめた。


「あの、どうかご安心を。――何があろうと私が必ず守ります」

「うん、頼りにしてるよ、信じてる。――あ、ティアドラさんもねっ!」

「オマケで付け加えてくれて、どーも」


 仲間がいる。


 だから怖い。

 だから心強い。

 だから強くあろうと思える。


 十六年の人生で今更に気付いた、絆に付随するたくさんの感情、一人じゃないというその意味。


 事新たな空気を吸い込みながら。

 気後れせずに歩み出そうと、リプカは静かに、手にした新たな決意を胸に抱いて、前を向いた。


 


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