第六十七話:【信教名】・1-1

「急で申し訳ないのですが、出発は本日の夕刻となります。それまでに各々方様、準備の程をお願い致します」


 王子方へ諸々の説明を終えると、リプカは次いで執事長ヴァレットの元へ赴き、事の次第を伝えて頭を下げた。ヴァレットの淡々とした承諾に再度頭を下げると、リプカも旅の支度にとりかかった。


 といっても、支度するのは衣服くらいで――そのほかの持ち物で悩んだのは、携帯できるくらいであった。


(……アリアメル連合の治安はどのようなものなのでしょう? もう少し情報が欲しいところですが……)


 と、次に起こすべき行動を考えていたタイミングで――部屋にノックがあった。


「あ、はい」

「邪魔するぞ」


 やって来たのはクインだった。もはや勝手知ったるといった様子で部屋に入ると、ズカズカと真っ直ぐに丸テーブルのほうへ向かい、腰を降ろした。


「あ……クイン様、どういたしました……?」

「荷造りが終わったので来てやった。――昨日の続きで、まだ何か聞きたいことがあるんじゃないか? 聞いてやろう」


 偉そうに胸を反りながら、クインは、リプカが今まさに欲していたことを口にした。


 リプカの浮かべた驚きの表情に、クインは肩を竦めた。


「まあ、当主代理補佐役だしな。これも役割の一環である一仕事だと考えたのだ。――称賛すべき勤勉だな」

「あ――あの、クイン様、ありがとうございます! あ、お茶、お茶……」


 素直ではないその助力を本当に嬉しく思いながら、「コーヒーを頼む」というオーダーを受けて、リプカはあたふたとコーヒーを二つ用意して席についた。


「さて、では昨日の話の続きである。アリアメル連合に赴くにあたっての前準備となる情報と、シィライトミア領域の事情――というよりシィライトミア家の事情を、知っている限りで教えてしんぜよ――うっすいなこのコーヒー!」

「え……? う、嘘……んむ?」


 クインの突っ込みに、リプカも慌ててカップに口をつけてみたが――きちんと淹れたそれは、飲み慣れているいつもの味と変わらなかった。


「あ、あの、すみませんクイン様……お口に合いませんでしたか?」

「合わないというか……水かってくらい薄いぞコレ」

「…………? 淹れ方に失敗はなかったと思いますが……。焙煎豆のほうも、フランシスから貰った高級品であるはずなのですが……」

「…………オルエヴィア連合のコーヒーは不味いという風説は一応事実として認識していたが、まさかこれが正常な味なのか……? 眠気が消し飛ぶような酸味もないこれが……ま、まあいい」


 出鼻を挫かれ語彙を濁しながらも、クインは薄いと評したコーヒーをずずと啜り、体勢を整えるように椅子へ座りなおした。


「んで、何か聞きたいことはあるか?」

「…………。今回のこと……事が上手く運ぶと思われますか? 私の行動が、何らかの結果に結び付くことがあるかもしれないと、クイン様は思われますか?」

「思うな」


 無敗の一軍を率いた知恵者への窺いとして、思い切って弱気を見せたその問い掛けに、クインはノータイムで肯定を答えた。


 リプカはその意外に大変驚いたが、クインは当たり前のことを述べただけというように、感情の起伏も特に見せない冷静で話を続けた。


「最終的なお前の望みがどんなものであるのかは知らんが、どうあれ、今回私たちが起こす行動は、必ずアリアメル連合シィライトミア領域の状況を動かすものになるだろう。――まずは、その根拠である理由を語ろうか。あー、昨晩は何まで話したか。エレアニカの教えと、それがどのようにしてアリアメル連合に伝わったか、というところまでだったか?」

「はい。教義の一部が歪んで広まってしまったと。――そして、それが決定的な歪みであったと、そういうお話でしたね」

「うむ。それじゃ、まあまずは、今現在のアリアメル連合がどのようなスタンスを取った国であるのかという話からだな。そこを詳しく語ろう」

「お願いします」


 カップをソーサーに置くと、クインは背もたれに寄りかかってリプカと向かい合った。

 

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