【エレアニカの教え】という信仰、そしてアリアメル連合・1-2

「何か調べものか?」

「あ、はい。アリアメル連合のことについて、少し」

「アリアメル連合について……? ……何故とか言う前に、どうしてそれで、『アリアメル連合に纏わる伝承』の書物を選んで持ってきたのだ? それはほとんど童話本だろう」

「えっ? あ……あの、まずかったでしょうか……?」

「お前って、実際ポンコツじゃよな」

「うぐぅ……っ!」


 胸を抑えるリプカへ、クインは呆れの表情を浮かべて手を差し伸ばし、本の表紙をむんずと取った。


「表題の下をよく見ろ、それはウィザ連合で書かれた書物だ。又聞きの噂話を伝承として纏めているんだよ。だからほとんど童話である、お伽話程度の信憑性しかない記述だ」

「あ……本当だ」

「他国の情報が詳細に記された書物は滅多に出回らん。だから、信頼のおけるものはそんなちゃちな装丁のものではなく、もっと一目で分かる丁寧な作りの書物なんだよ。例外もあるが、年季物であることも一つの目安だな」

「な、なるほど……」

「…………」


 クインはごろんと寝転がりリプカに背を向けると、特別変わらぬ口調で続けた。


「まあ、お前には世話になったところもある。私が答えられる範囲であれば、疑問に答えてやってもいいぞ」


 その突然の親切に、僅かばかり放心して――遅れて、告げられたことの意味を理解すると、リプカは胸の底からじんわりと湧き出た温かみを表情にして、頭を下げた。


「ありがとうございます、クイン様」


 リプカの礼の言葉に、クインはフンと鼻を鳴らした。


 そのくせ毛布をそっと巻き直した仕草には――リプカは気付かなかった。


「アリアメル連合のことでいいのか?」

「はい。歴史や……できればシィライトミア領域の事情について、何か知っていることがあれば」

「シィライトミア領域……セラフィに関わる何かか。フン」


 そのことは特に問い質さず、クインは語り始めた。


「アリアメル連合――【禁足領域】から頂く豊かな水源故に、水の国と呼ばれている国だな。しかしそれよりも、エレアニカ連合に隷属している国という印象が第一にくる」

「エレアニカ連合に……隷属?」

「いや、隷属というと意味が違うか……? アリアメル連合は、エレアニカの信仰が広く浸透している国だ。そのため、信仰の聖地とも言えるエレアニカ連合を上に置いて考えている節がある。それが国の在り方なのだ」

「エレアニカの信仰……あの、それはどのようなものなのでしょうか?」

「それはエレアニカのに聞いたほうが深く理解できるだろうが、まあざっくばらんに言えば、人間の意思を祈りの視点から考える、というのが教義だ」

「人間の意思を、祈りの視点から……?」

「意思の道、情念と為りて、魂へと至る頃合ころあいには、人は主義を知り、故に人を尊ぶことを知れば、その者理性を会得し、然らば人の輪は初めて獣から脱し、人の理知を獲得するに至る……だったか。大切な何かへ思いを向けることで生まれた情念が意思に道筋を作り、それ故に心が座れば、人はそれを基準に主義を持つことができ、故に他者の情念、何かへ向ける大切の価値を知り、そのとき初めて他者を尊ぶことを知れる。――そんな意味だと私は解釈している」

「――素敵な道義ですね」

「まあ宗教としては本当に真っ当だろう。政略で歪むこともなく現存している数少ない教義だしな。ただ、それ故にアリアメル連合はエレアニカ連合を上に置いているのだ」

「それで起こる問題とは何でしょうか?」

「問題というほどではないが、それが色々な事情に関わってくる。そして敢えて問題と言うのならば、アリアメル連合の特性故に、かの水の国においては、教義がほんの僅かな変質をもって広まっていることにそれがある」

「僅かな歪み……」


 リプカは初対面で見せたセラの、少し悲し気な表情と、あのとき交わした話の内容を思い出していた。


 アリアメル連合の、呪いとも言われる特殊事情。そして――。



『……私も、性別の上では女性なのです』



 背を向けているため、物思いに沈み影を落としたリプカの様子には気付かず、クインは話を進めた。

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