第四十六話:会議の続きと個人事情
フランシスと両親が家を空けて一日と経たず、またアズナメルトゥが屋敷を離れてから数時間という早さで、エルゴール家にクイン・オルエヴィア・ディストウォール独裁国家の基盤が築かれてしまった。
あまりの怒涛に目をぐるぐるさせながら床に突っ伏すリプカと、天を仰ぎ大笑するクイン。
そんな混沌とした騒ぎの間に。
場にそぐわぬ、悠揚たる様さえ窺える平静の声が割って入った。
「では、私からも一つ。私にも、このお家に在る間の役職を割り振ってもらいたいのです」
「むっ」
途端に警戒を浮かべて、クインは不倶戴天の敵を見るように――深沈を備えた発言の主、セラを睨んだ。
「なんじゃいッ」
「いえ、ただの立案ですよ」
「お前は油断ならん」
「評価の言葉と受け取りましょう」
セラは不思議と嫌味を感じさせない所作で一礼すると、リプカに柔らかな視線を向けた。
「あ……セラ様、ご意見を窺います。どうぞ、お聞かせくださいませ」
「ありがとうございます。私は当主代理の補佐であるクイン様と、当主代理であるリプカ様とを繋ぐ――事務に関する連絡役を請け負いたいのです」
「テメッ」
その発言内容を聞いた途端、クインは眉を吊り上げて短く怒号を上げた。
セラはクインの怒りをやんわりと受け流し、話を続けた。
「補佐であるクイン様が何らかの妙案を思い立ち、当主代理補佐の権限を行使するとき、それを聞き届けリプカにお伝えするお役目を負いたい。言うなら、当主代理補佐が発案した事務は、連絡役を通し当主代理が受理した場合のみ行使される――そんな決め事を提案します」
「ふざけた取り決めであるッ! 何故なら――!」
「――クイン様、これは貴方様の行いを妨げようとする企みではございません。あくまで聞き届け、それをリプカ様にお伝えするだけ。権限の発動を承る権利はリプカ様にあり、私は何の権力も有しません。ただ順序が増えるだけですが……」
「オメエ明日の朝にここを発つんだろうがッ! 牛歩は悪徳の習慣であるッ」
「ならば恐縮ながら、私が離れている間にその役割を担う役を、どなたかにお願いしたいです。どなたか……」
「あ、それなら私が……」
挙手したクララに、セラは微笑みかけた。
「お願いできますか? ――と、失礼致しました、その前にリプカ様……この案、いかがでしょうか?」
尋ねられ、床に這いつくばっていたリプカは顔を起こして、必死に考えを巡らせた。
(――つまり、相談役を買って出てくれる……ということでしょうか?)
中継役。
連絡ついでに相談に乗ってくれたり、アドバイスを送ってくれたりする位置を作ってくれようとしているということか――。リプカはそのように察し、眉をぎゅっと寄せて様々を慮った。
クインを当主代理補佐に据えた意図、信じたその先に望む展望――。抑制役の必要性、自身の能力の限界――。懸命にそれに算段を立てて、考えを纏めると、牛のような姿勢から、ようやっと立ち上がった。
「――お願い致します。ただし……クイン様」
「なんだ」
「エルゴール家にとっての利になると考えた事柄については、必ず連絡役を通して私に確認をください。しかし、私にとっての利となると考えた事柄については、私に確認を取る必要はありません。エルゴール家にとって、また私にとって、その両方であった場合は、やはり連絡役を通し、私に確認を取ってくださいませ。――よろしいですか?」
「…………」
その奇妙な取り決めに、クインは黙り込み、拳を唇に当てて考え込んだ。
見開いた瞳に思考の文字列を流しながら、聴き取れないくらい小さな声で一つなにかを呟いた。
「――分かった」
やがて、クインは間を置いた
「まあ、任されよ!」
扇を広げながら、また勝気な高飛車に表情を戻した。
リプカは頷くと、セラとクララに顔を向けた。
「お二方も……申し訳ないのですが、お願いできますか?」
「もちろんです」
「分かりました。任せてください」
二人とも柔らかな表情で頷いてくれたことに安堵しつつ……リプカは憔悴の浮いた表情で一同を見渡した。
「では……他になにか取り決め事を作りたいというお方は……?」
リプカの心疲れに同情のような慮りが注がれる中、手を上げたのは――セラだった。
「僭越ながら、私から一つお頼みがあります」
「あ……セラ様、どうぞ」
「ありがとうございます。――私がお願いしたいことは、一月に一度、母国であるアリアメル連合に帰国させてほしいというものです。個人的な事情で申し訳ないのですが、それの許しが欲しいです」
「月に一度、ですか。はい、それは構いませんが……あの、どのような事情があってのことか、お聞きしてもよろしいでしょうか……?」
「申し訳ない、それは個人的な事情としか申せません」
それはセラにしては珍しい、はっきりとした意思表明だった。
壁というより、領域を確定させるような、やんわりと表現した断固の拒絶であった。ここから先は立ち入れない、そんな予感を抱かせる謝罪。
――そして、セラがきっぱりとした返答を返したそのとき。
ミスティアが表情を若干暗くして身を捩った様子を、リプカは見逃さなかった。
「そうですか。――分かりました、では、そのように」
「ありがとうございます」
そのはっきりとした断りは、話の取っ掛かりとしての牽制であったことはリプカも察したが、リプカはその先の議論を重ねることなく、それを了承した。
「あーやしいぞー、なんかの企みだ、コレは!」
「クイン様、茶々を入れないでくださいまし……」
その、口調はふざけているが懐疑すべきまともな指摘を、コントの一環として流しながら、リプカは再び皆のほうを向いた。
「他に誰か、取り決めを追加したい方はいらっしゃいますか?」
「あー、俺だな。暴力沙汰における、正当防衛権が欲しい。屋敷外の者だけに適応するやつでいいからよ」
気だるげに挙手しながら、雑な説明を述べたのはティアドラであった。
リプカはそれに頷きを返した。
「分かりました。――あの、できるだけでいいので……殺人は極力無しの方向でお願いします」
「あいあい」
「なんじゃい、お前刺客にでも狙われてんのか?」
――オメエのだよ、という言葉を飲み込み、クインの茶々を流してティアドラは「それだけだな」と話を切り上げた。
「はい。他には……」
「私だ」
挙手したのはビビだった。
「はい、ビビ様。どのようなことでしょうか?」
「うん。あのな、この屋敷宛てにアルファミーナ連合から届いた荷物は、屋敷の者の確認無しに、私に届けてほしいんだ。内容物の確認を省略してほしい」
「え……。う、うーん、それは……」
「怪しい、怪しいぞォ!」
難しい表情を浮かべるリプカに、追随するようにクインの茶々が入る。
リプカはその表情のまま、ビビに問い掛けを向けた。
「あの……ちなみに、それはなぜでしょう?」
「それは言えないんだ。言ったら意味ないというか……」
「怪しい、企みだコレはっ」
「クイン様、少し落ち着いて……」
「まあ出来ればでお願いしたいことなのだが……無理にでもそうしてほしいことでもある」
「ん、んー……」
さすがに……。
例え形式でも友を疑いたくないという気持ちと、冷静な常識とがせめぎ合う狭間の軋りを唸り声にしながらリプカは悩んだが――。
「――分かりました、ではそのように」
「えーっ」
「自分で言っておいてアレだが……いいのか?」
「ええ。あのですね、アルファミーナ連合の機器類について精通している者が屋敷にいないので……どちらにせよ、それが何であるか判別できないと思いますので」
「そうか。まあ、助かるよ、ありがとう」
「お前なんかさっきから適当が過ぎないか!? ――これは当主代理補佐の腕がなるなッ」
クインの意気込んだ顔と反比例して、背筋に冷たい汗を伝わせながら、再び円卓へ顔を戻す。
「他には……? あとは、クララ様……何かございますか?」
「あ、いえ、私からは特に何もありません」
「そうですか。…………では、これで、話し合いはお終いということで……」
「いやー、有意義な話し合いの場だったな!」
「そ、そうですね……」
疲れ果てた口調で返事を返しながら、リプカはふと気になってクインに尋ねた。
「あの、クイン様。結局のところ、皆様を説得するために披露するはずだった提示とは、どのようなものだったのですか?」
「んあ? ああ、それか。――フン、一人一人にオーダーメイドした説得材料を用意していたというだけだ。ああ、いまは言わぬぞ、これから先できっとそれを有効利用する場面が出てくるだろうから、それまでは伏せておこう。フフン、楽しみにしていろ」
――どうやらこの
それを思い、リプカはコトリとテーブルに突っ伏し――いまはただ、
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