第三話:自称天使の孫娘と七人の王子の予言・1-1


『何事にも理由はある。』


◇---------------------------


「はぁ……」


 威勢のよい露店の客引き声。

 談笑しながらそれらの店を見て回る、明るい顔の若い男たち。

 店先まで香る焼き立てパンの良い香りに釣られ、夫人の服を引き駄々をこねる子供の喚き声。

 喫茶の奥外テーブルで品良く話を交わす淑女たち。


 そんな明るい街並みに似合わぬ、重いため息を漏らす少女がいた。リプカだ。


 貴族娘に似つかわしくない紙の買い物袋を小脇に抱え、彼女はとぼとぼ、街並みを歩いていた。


 ――仮にも貴族の娘であるにも関わらず、付き人の一人も付けずに街中を一人歩く不用心であったが、しかしリプカ・エルゴールという少女に限り、その心配は無用の杞憂であった。不必要な才能ばかりを持ち合せているという点も、彼女が周囲から出来損ないと呼ばれる要因の一つである。


「お家の中が、まるで息詰まりする監獄のようです……。まあ私が原因なのですが……」


 ぼそりとひとりごち、また更に鬱々と暗くなる。


 今朝方の空気も最悪であった。


 リプカも同席を許され、久方ぶりに家族揃って食事を取る機会に恵まれたのだが、そこで待っていたのは両親からの嫌味と侮蔑、そして決別の宣言であった。


 勘当の言い渡しである。


(はぁ……勘当……)


 青褪めるようなその宣言は幸いなことに、それを聞いた瞬間父親へ歩み寄り、胸倉を掴むと親であるにも関わらずまるで親の仇のように全霊を込めてその顔面を拳で殴打しまくったフランシスの暴挙で有耶無耶になったけれど……しかし、改めて、自分の出来損ないを突き付けられる事としては十分な悲惨であった。


 両親を恨んではいなかった。


 何を取っても駄目な自分が原因の全てであることは理解していた。それは歩んできた十五年越えの人生において刷り込まれた事情だったから。――それに、先程までフランシスと一緒になって父に膝蹴りを叩き込んでいたからという理由もある。鬱憤は晴れていた。


(勘当を言い渡される貴族娘など、聞いたことがない……)

(私はいったいどんな生涯を送るのかしら。碌でもないものには違いないだろうけれど、フランシスを悪戯に悲しませる人生だけは歩みたくない……)


 だが今のところ、その可能性は大いにあり得る未来で、それを思うと、夜の帳が下りたように目の前が暗くなった。


 何か指針が――誰かの助言が欲しい。

 ふとそう思うも、リプカにはフランシス以外に相談の話ができる人間などいない。

 悩み悩んだその末――自然と思考は逃避のように、ここオルフェアの城下街で密やかに語られ続ける、ある噂話へと思い至った。



 曰く、オルフェアの城下街の細道、そのどこかに、運命を告げる占い師がひっそりと店を構えているらしい。

 その日その日により居場所の違う占い師と出会った者は、未来を承る。それは波乱を含んだ未来であり、その未来を乗り越えた者には、その者が真に望んだ輝く栄光が与えられるという。

 占い師は老婆の姿を取った天使であり、店構えは粗末な台に美しい水晶玉を乗せただけの、寒々しいものである。らしい。


 そう、例えば今まさにリプカの目の前にある、手のひらサイズの美しい水晶玉をぽつねんと乗せた、今にも壊れそうな古びた台を小道に構えた、露店というにもあまりに粗末な店構えの占い屋がそれだ。



「え…………」


 そんな丁度よく。


 一瞬、リプカは目を見張ったが――すぐに脱力してしまった。

 占い師は老婆ではなく、若い娘だったのだ。


「あっしゃっせー……」


 歯切れの悪い挨拶をぼそぼそと口にする娘に、リプカは苦笑を漏らしてしまった。噂話を思いながら、大通りを外れた小道にふらふらと足を向けた先の出会いということもあり、ファンタジーな気分になってしまったが、これはただの、噂話を利用した商売だろう。よくある話だ。


 リプカは迷ったが、台を挟んでその占い師の前に、ちょこんと立った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る