Act0: coronation
Act0: coronation
protagonist:
中学生のころ。
生徒「これわかんない、教えてよ、未冷先生〜」
いつものように、先生はため息をつきながら答えた。
未冷先生「私は先生じゃないっていってるでしょ」
生徒「作文コンテスト、入賞常連のくせに〜」
そんなことを言いながら、けれど彼女はセミロングの綺麗な髪を揺らしてその子たちの元に向かい、教えている。
同い年の先生は、背筋が伸びていて、
いろんな同級生に、ため息をつきながらも望むままにたくさんのことを教えてくれていた。当然成績はよくて、それなのに大人にとっても反抗的で、教師達の悪事も全部たたきのめしてしまう。
だからみんなが尊敬の念を込めて呼ぶ。未冷先生と。
僕はそんなヒーローのようなお嬢様の先生を、ぼんやり見つめていた。ほんの少し話した思い出だけでキラキラと輝く。先生はわかりやすい教えとわかりづらい愛をくれ、みんなに尊敬される、憧れだった。
けれど、その日だけは何もかもが違かった。
僕はいつも通り、小さな図書室で小説を返しにきた。そして、新しい小説を借りようと、続きとなる作品を手に取る。
そのとき、なぜか未冷先生は机の上で項垂れていた。
だから声をかけた。
主人公「どうしたの、未冷、さん……」
彼女はゆっくりと顔をあげる。
未冷先生「不思議くん……?」
主人公「不思議って、なんで……」
未冷先生はそんな疑問を無視して、僕が本を持っているのをみたからか、言った。
未冷先生「ねえ、教えて。お金のない世界の、つくりかたを」
どういうこと、と訊ねる僕に、彼女は答えた。
未冷先生「小説とか、そういう空想が好きならわかるのかなって。世界の、つくりなおしかたも。教科書にも、専門書にも、これをどうにかする方法をまったく書いていないから」
主人公「それは……」
置いてけぼりの僕に、彼女は続けた。
未冷先生「お金は悪いことにも結びつく。武器も、麻薬も、人も、お金で取引される。それを見過ごす銀行が……父と母が、許せない」
主人公「でも、お金はなくせないよ。行員の親父もおふくろも……そう言ってたし……」
彼女は沈黙の果てに、怒りの眼差しを僕に向けた。
未冷先生「じゃあ取引を見逃してお姉ちゃんが死んでも、仕方がなかったの?」
僕は慌てて机にかがむ。
主人公「先生……そんな……」
僕から咄嗟に出た先生、という言葉に、未冷先生は何かに気づいたようだった。そうして涙が加わる。
未冷先生「ごめん、忘れて……」
そして、彼女は机に伏せってしまった。声を押し殺し、その悲しみを抑え込もうとしていた。
僕は慌てた。何も言ってあげることができず、視線を泳がせる。そのときここに、たくさんの本があることに気づいた。僕はすぐさま小説を机に置き、本棚を探していく。
主人公「お金、お金……」
そんなコーナーはいまこの図書室にはない。僕はさらにつぶやく。
主人公「金融……政治経済?」
そのとき休みが終わるチャイムが鳴る。僕が振り返ったとき、未冷先生は立ち去っていくのが見えた。
僕は追いかけることができなかった。だから、職員室へ走る。これからの授業の教師を見つけ、言った。
主人公「あの、父と母に問題があったので、早退します」
教師「なんだって?」
そして僕は何も持たずに走り出す。僕の背に教師が叫ぶ。
教師「おい、事故か!」
主人公「事件かもしれません!」
僕は学校を飛び出し、家に着く。家には誰もいない。だから普段使いのボールペンとノートをバックに入れて飛び出し、自転車に乗って目的地へ向かう。
携帯すらも持たなかったから、その日両親に実際に何があったのかは、本当に知らなかった。
辿り着いたのは、市の図書館だった。
司書の人にどうにか訊ねた。
主人公「お金の本って、ありますか?」
司書のお姉さんは戸惑いながら、経済に関する本棚のエリアに案内してくれた。学校の図書館と比較してあまりに膨大に並んだ本を見上げながら訊ねた。
主人公「これ全部読まないと、お金のこと、わかんないですか……」
司書「私も専門じゃないからよくわからないけど、こういうのは入門って書いてある本から読むといいと思う。例えばこれとか」
そうして取り出された古そうな経済入門という本を手渡され、僕は開く。そして中身を読む。
主人公「全然わかんないです……」
司書「ああ、ごめんごめん」
じゃあ、と司書さんはさらに本を取り出してくる。
司書「まずはこういう有名な本から読むといいと思う」
その本には、マンキュー入門経済学、と書かれている。
その中身をみた時、ふとこう言っていた。
主人公「わかりやすい……」
そんな僕の反応に司書さんはよかった、と笑い、
司書「そういう本から興味のある本と二、三冊比較しながら読んで、そこからさっきみたいなもっと詳しく書いてある本も読んで、そこから欠けている情報や、引用元、参考文献をあたっていく」
そこで僕は本から顔をあげて訊ねた。
主人公「やっぱりここの本棚全部読まなきゃだめですか」
司書「逆だよ。必要な情報をもとに当たれば、数冊でもここに並んでいる本に近いくらいの情報を得ることはできる」
コンピュータのことを調べるのと同じなんだな、とひとりごちながら本棚を見つめているとき、奇妙なものをみつけた。
主人公「暗号通貨?」
夕日が差し込む頃、図書館の机に腰がけ、山ほどの本を積み上げ、僕はひたすらに本をめくっていた。そして、ノートに書き込んでいく。だが、やがて投げ出していた。
主人公「やっぱり、できるわけない」
そのとき誰かが僕の隣に座ってきた。そして話しかけてくる。
黒沢「熱心だね、君。学校も嘘をついて抜け出してきて」
僕は彼女へ振り返る。その人に僕は睨みつける。
主人公「あなたは?」
黒沢「黒沢。未冷の育ての親。君の興味を抱いているものに関わる、国家公務員、ということにしておこう」
主人公「金融とか?」
彼女は頷く。だから僕は訊ねる。
主人公「ストーカーじゃなくて?」
彼女はため息をつく。
黒沢「せめて監視と言ってほしいが、まあ事実だな。だが彼女が不安定なのは、君が一番理解しているはずだけど」
僕はうつむく。そのとき、彼女は僕のノートをみつめる。
黒沢「これ、見せてもらってもいいかな」
僕はしぶしぶ、彼女へと手渡す。ノート上に書かれたものをさらさらとめくっていく。僕は言った。
主人公「字はきれいなほうじゃないですよ」
黒沢「そういうことじゃないよ。逆だ。金融の知識体系が、ただ写経されているんじゃなく、すべてグラフィカルに、だけど適切に集約されている。ロジックツリー、マトリクス、アラインメントダイアグラム……」
その驚嘆の声やその理由がわからず首を傾げていると、彼女が訪ねてくる。
黒沢「君、学校以外で何をしているんだい」
僕は呆然と答える。
主人公「漫画とゲームが好きで、ちょっとストーリーとか、プログラミングとか、UIデザインとか。ゲームをつくろうとしてたんですけど、飽きちゃって」
彼女は僕をみる。そして笑う。
黒沢「たった一日でここまで金融の知識が身につけられる君なら、未冷のいい相談相手になれそうだね」
僕は首を振った。
主人公「無理ですよ。お金のない世界のつくりかたなんか相談されたって。世界中の人たちに物々交換に戻れって言うんですか」
彼女は固まる。そして訊ねてくる。
黒沢「未冷がそんなことを言っていたのかい」
僕はそこで気づいた。まずい。話してはいけないことだったのか。僕は視線を逸らす。それで彼女は笑った。
黒沢「そうだな。無理に決まっている。この世界には、すでに我々国家の通貨が満たされてしまっているんだから」
そして彼女は立ち上がる。僕は彼女を睨みつける。けど、と彼女は言った。
黒沢「もしも通貨の代わりを君が物語れるとしたら、どうする?」
僕は呆然としていた。
主人公「なぜそれを」
黒沢「すでに君は書いているじゃないか」
そしてノートのある部分を指差していた。暗号通貨。そして彼女はノートを返してきて。立ち去っていく。彼女は言う。
黒沢「この星は繋がり、探索はほとんど終わりを迎えた。そんな世界で価値あるものをただ探しても無駄だ。価値あるものを定義して、人々を迎え入れないとね」
そして、彼女はこう言って立ち去った。
主人公「君の自我はきっと、そこから生まれる」
取り残された僕は呆然としながら、積み上がった本を見つめる。暗号通貨関連の書籍たちだ。そしてつぶやく。
主人公「こんなふざけたおもちゃが、通貨の代わりになるわけがない。でも、もしも僕が書き直していいのなら……」
そして、本を手に取る。そして、思い出すようにペンを走らせる。
未冷先生『小説とか、そういう空想が好きならわかるのかなって。世界の、つくりなおしかたも』
もしも世界が僕の
そのとき、彼女の見る悲しい景色は、変わってくれるんだろうか?
その次の日、授業をしようとした教師が、僕を見つけた。
教師「おい、なんでここに」
僕は答える。
主人公「ひとつだけ、やることがあるんです。そしたら、戻りますから」
未冷先生は図書室にいた。
彼女は僕の姿を認めたあとに、顔をあげた。
未冷先生「ねえ、あなた、ご両親が」
僕はそれを遮って、答えた。
主人公「先生。お金のない世界はできないよ。でも、もしも暗号通貨をまともにできたなら」
未冷先生は固まった。そしてひとつ、疑問を投げかけてくる。
未冷先生「誰に送金されるかわからなくなる。もっと犯罪に使われることに」
主人公「だけど、銀行は不要だ」
呆然とする先生に、僕は言った。
主人公「死んだ親たちの代わりを、僕たちが果たす」
未冷先生「どうやって、そんな救世主みたいなことを……」
そういう彼女に、僕は答えた。
主人公「簡単だよ。親や政府の人だけじゃない。僕たち全員で、監視しあうんだ」
彼女は僕の言わんとしていることに気づいたのか、立ち上がった。そんな彼女へ、僕は続ける。
主人公「困っている人たちには、手をさしのべる。犯罪には、法による報いをもたらす。お金は、そのために使われるべきものなんだよ」
そして僕はそのアイデアの中枢を告げる。
主人公「お金と共にある、搾取なき世界」
立ち尽くす彼女に、僕は言った。
主人公「すべて、僕らがここで学んできたことの地続きにある」
彼女は言った。
未冷先生「おねえちゃんが言ってた。民主主義は状態じゃない。行動って。それをあなたは、体現する気なの?」
僕は首を傾げた。学んできた範囲外だったのだ。
主人公「民主主義?選挙とかのこと?」
ひとり納得する未冷先生は、こう言った。
未冷先生「銀行を超えた、支配者だけじゃ決して解けない暗号か。当たり前だけど、実現できれば……」
わけのわからない僕へ、先生は訊ねた。
未冷先生「でも、こんなつらい時に。なんのために……」
それで、僕は素直に答えた。
主人公「君だよ、先生……」
僕の手を、彼女はとった。そして、僕に笑いかけてくれていた。
未冷先生「ありがとう。うれしい」
僕は握られた手の心地よさに、彼女の輝く笑顔に、わずかに滲む涙に、呆然としていた。
未冷先生「先生って言われるの、やっと好きになれた気がする」
そういう先生の姿が、あまりにも綺麗だったから。
先生に笑っていてほしくて、僕は星を……
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