6 salvation

protagonist: architect - sentinel:


 僕らは財前さんに案内され、廊下を進んでいく。財前さんは言ってた。

財前「復職した栗原を見た時、君たちがここにくることは想定していた。だが思っていた以上に早かったな」

 僕は答える。

主人公「星を繋ぎ、世界を巨大な牢獄に書き換えました。そこから残った最後の穴を見つけて、ここにたどり着いたんです」

財前「巨大な牢獄か。自罰的なんだな」

主人公「そうでなければ、きっとこんなことしていなかったと思います」

財前「案外、俺たちは仲良くなれたのかもしれないな」

 僕は財前さんの背中に訊ねる。

主人公「どうしてあなたは、革命なんか……」

財前「これから会う相手から聞けば、君も納得するさ」

 たどり着いた校長室の前で財前さんはノックし、中に入っていく。その校長室の席には、ひとりの制服の女性が座っていた。

 僕は彼女の名前を告げる。

主人公「未冷、先生……」

 彼女は椅子に深く腰がけたまま、微笑む。

未冷先生「久しぶり、建築家アーキテクト

 財前さんはその場を後にしていく。扉が閉められた時、僕は、拳を握りしめていた。

主人公「やっとわかったよ。ここが、先生の生み出した新たな経済圏なのか」

 衛理と真依先輩は呆然としている。けれど、未冷先生は微笑む。

未冷先生「さすが」

 僕は言った。

主人公「この高校はあのテロ事件の前から、暗号通貨を取引を行う、いわば投資信託ファンドの拠点だった。高校生が暗号通貨の信用取引を行なっていること。あれを開発者の僕が生み出してしまった世界中の景色だと思っていた。けれど、そんなのありえない。高校生が取引するには大きすぎる額の取引を、この学校でそれぞれの生徒にさせていたんだろ。ファンドマネージャーのように」

 未冷先生は頷く。

未冷先生「私はそれを、実行委員会と呼んでいた。実行するのは、暗号通貨の取引だけどね。これが不正まみれの生徒会を倒してあなたが守った、学校とその学生たちの仕事」

 僕はその言葉にひるみながら、それでも訊ねた。

主人公「そうして詐欺師たちから奪い返した巨大なお金を、少額出資マイクロファイナンスでさらに運用してどうするつもりなんだ」

 未冷先生は笑った。

未冷先生「なんだ、そこまで気づいていたの?」

主人公「あの少額出資マイクロファイナンスの会社がどこなのか、僕たちは誰も知らない。犯罪者はほとんど狩り尽くした。なら最後は先生たちだけだ」

 未冷先生は椅子に深く腰がける。

未冷先生「この星には、社会にいながらも社会から離れ、教育も受けられず、国の生活保護すら得ることができない人たちがたくさんいる。たとえば、戦争や経済危機で国を去るしかなかった、難民のひとたち。だから私たちは、社会の影で存在し続ける。世界中にね。だから難民であったとしても資金と難民同士で取引が繋がれ、教育を受け、飢えることはない」

 僕は沈黙し、やがて答える。

主人公「貧困層への完全分散型少額出資マイクロファイナンスネットワーク、それを活用した、地球規模の共同体コミューン。それが先生の、先生としての、新たな国家か」

未冷先生「そう。独裁国家やそれに近づく国家達から奪われかけている民主主義を、もう一度やり直すために私はいる。世界中の誰もが、疲弊した国の代わりをしてくれるのを、導いてくれるのを、待っている。あなたのように」

 僕は眉間に力が入る。彼女は言った。

未冷先生「私の脚本スクリプトによって完遂した犯罪者達による暗号通貨経済の崩壊によって、暗号通貨を含めて借金しながら購入していたこの星のすべての企業は本来の姿に戻ったデフォルト。結果的に第二の世界金融危機を起こした。最後の希望である銀行すら、いまや各々がタダ同然の身売りの交渉中。だから価格が通常デフォルトに戻ったそれらを、私は必要なぶん買う。そうして導く。金融社会の乱痴気騒ぎメイヘムに加わっていても、そうでなくともお金がなくて困っている人を束ね、疲弊して漸減テーパリング一歩手前の政府の代わりにマイクロファイナンスを実行する。いまのこの世界にどん底が訪れないのは、ここが存在し続けているから。どの国の政府も、自分たちで手一杯で、社会から逃げた難民のひとたちを救済するお金も、覚悟も、用意もない」

 僕は勝どき駅から見てきた人々を思い出しながら、拳を握りしめる。そのなかで彼女は宣言した。

未冷先生「ここが、教え子のあなたが否定した、お金のない新しい星(planet)に至る道。みんながかつて諜報員スパイとして活動していた世界の地続きにある、私の、本当の居場所」

 僕が言葉を失っている中で、真依先輩が言った。

真依先輩「けれどそれらの融資は、ただの応急処置に過ぎないし、限界がある。あなたが国に近い資本を持っていても、国になれるわけじゃない」

 未冷先生は微笑む。

未冷先生「その通り。だからこそ、私たちはここに既存の権力者の、光の世界を必要としない、影の世界を構築できる」

 衛理が訊ねる。

衛理「あんた、自分のパパとママを殺して、それでヒーロー気取りなわけ?」

 未冷先生が動じることはない。

未冷先生「ええ、彼ら銀行は、犯罪者と繋がっていた。彼らは国際権力から生まれ、はじめから見放されていた」

 僕は訊ねる。

主人公「先生。僕は、彼ら犯罪者が何と繋がっていたのかを聞きに来たんだ」

 未冷先生はゆっくりと答えた。

未冷先生「自らを、こう名乗っている。連合国軍最高司令官総司令部GHQ

 僕はどうにか訊ねた。

主人公「数十年前に解体されているはず」

未冷先生「一度ね。けれど、世界中の米軍基地や武器市場、安全保障を背景に、彼らは全ての国に浸透していった。軍産議複合体。その負の側面として」

主人公「わからない。彼らがなぜ犯罪者や暗号通貨市場を操作を」

未冷先生「目指す先は私たちとおなじ。先生となり、この星すべての民主主義の実現すること」

 衛理は訊ねた。

衛理「真逆のやりかたに聞こえるけど」

未冷先生「彼らは日本での先生としての成功体験を引きずっている。だから敵を破滅させ、捕まえ、世界を更新しようとする。その代償に、不出来な教え子に無制限に近い軍事・諜報費用が発生していくし、必要な相手に資金を流し込むことは、様々な監視を理由にとても難しくなっていた。そこで、暗号通貨が利用されてきた」

 真依先輩はそこで言った。

真依先輩「まさか、今まで私たちが戦ってきた全部……」

 未冷先生の凄みが増す。

未冷先生「先生が生まれる時に発生した副作用。暗殺のための危険な武装勢力への資金提供は、地球規模で侵蝕している。イラク、アフガン……すでにあなたたちもその顛末を知っているはず」

 僕は俯いていたが、どうにか顔を上げる。

主人公「それに対抗するのが、先生の書く脚本スクリプトか。けれど政府の中にいる以上、捕まえるのは僕ら行政の任務だ。先生たち財閥の獲物じゃない」

 先生は言った。

未冷先生「どうせできっこないよ」

 だから、と脚本家スクリプターは頬杖をついて、僕へ言った。

未冷先生「建築家アーキテクト、官僚やめなよ」

 誰もが固まっていた。未冷先生の声は続ける。

未冷先生「確かにあなたは、すごい。けれど、法の中に縛られて、警察みたいに悪い奴をただ追いかける犬にしかなれないなんて、もったいないよ」

僕は拳を握りしめる。未冷先生は言う。

未冷先生「私にはもうあなたの先生なんかできない。けれど今度こそ、私と一緒に……」

 僕は言った。

主人公「僕は、君みたいになりたかったんだよ。だから現実を、この行政から近づけなきゃいけないんだよ」

 先生は厳しい眼差しで見つめてくる。

未冷先生「この星を影で支える私たち財閥の展望ビジョンが必要なんじゃないの、衛星通信と暗号通貨の、王様」

 衛理と真依先輩は僕の方へ向く。僕は首を振った。

主人公「いまこの星に一番いらないのは、先生を諦めた君の、展望ビジョンだ」

 全員が呆然とするなか、僕は言った。

主人公「君が先生になることを諦めて、彼ら犯罪者たちを締め上げ、追い詰め、必死にさせた。そして必死になった彼らは、よくわからない相手にますます頼り、この国を暴力と借金で押しつぶすことになるだろう」

 未冷先生は僕を見据えている。その中で、僕は言った。

主人公「自らを滅ぼす強い光に、彼らは強く反応する。先生をやめようとする、君のようにね」

 未冷先生はそこで、僕に訊ねてきた。

未冷先生「じゃあ教えてよ。彼らを狩り尽くすその方法を」

 僕は首を振る。

主人公「そんなものはない。犯罪の根源は、悪意じゃない。運命論や、無気力、あきらめだ。犯罪者狩りを完遂した先生が一番わかってるはずだよ」

 僕はゆっくりと、彼女のいるデスクへと歩みを進めていく。

主人公「先生はそれを忘れて、革命を選んだの?先生が望むのは、絶対に間違えない独裁政権の樹立?生き延びた強硬な独裁政権たちがどれだけ国内外でひどいことをして忌み嫌われたか、わかってるはずだよ」

 未冷先生は答える。

未冷先生「それは、いまあなたの仕えている世界もだよ」

 僕は固まる。そこで未冷先生が続ける。

未冷先生「だから光の世界にいた私の両親が暴れるのを止められず、社会はますます分離し、災害に弱くなっていく」

 その時、校長室に何人もの人が現れる。そのなかには制服を着た陽子もいた。全員が銃を携えていて、そして、僕らに向けてきた。僕は両腕を上げるが、すかさず衛理と真依先輩は拳銃を引き抜き、未冷先生へと向ける。先生は僕へと告げる。

未冷先生「二度目はない。私が世界を書き換えるのを邪魔するなら、王様は、私の脚本スクリプトには……いらない」

 丸腰の僕は言った。

主人公「待ってくれ」

 全員の視線が、僕に吸い寄せられた。僕は言う。

主人公「まだ、できることはあるはずだ」

 未冷先生は言った。

未冷先生「交渉?」

 僕は頷く。未冷先生は訊ねる。

未冷先生「それで、どんな交渉を?」

主人公「先生、先生をやり直そうよ」

 呆然とする未冷先生に、僕は言った。

主人公「先生たちの存在を公に認めて、新しい国の機関にする。僕たちのいた銀行が国有化されたことで、統制崩壊は解決に向かいつつある。先生の顧客からの情報が、連合国軍最高司令官総司令部GHQを狩るための力になるはずだ」

 未冷先生は首を傾げる。

未冷先生「そうすれば、支援を続行しながら奴らを追い出せるってこと?」

 僕は頷いた。

主人公「同時に僕が繋いだ監視システムと組み合わせれば、本当に供給しなければならない場所に資金も、人員も供給できる。先生としても軌道修正も容易になる。国に失望してきた人々も、先生たちの存在によって繋ぎ直すことができる。そうなれば国はそう単純には断れない。連合国軍最高司令官総司令部GHQの出番は、この国から消える」

未冷先生「賭けとしてはずいぶん望みが薄い。あなただけでなく、ここにいる全員が、全ての情報を検閲するれっきとした嫌われ者になるけれど」

 僕は言葉が詰まる。けれど答えた。

主人公「嫌われるべきなのは、教え子の僕だ。どんな人も生きていい場所をつくってきた、先生たちじゃないんだよ」

 未冷先生は驚いたようだった。やがて彼女は全員に銃を下ろすように手で合図し、銃は降りていく。そのとき陽子はぼやく。

陽子「とんだたらしですね……」

 そして僕らは出ていく。その中で未冷先生は告げた。

未冷先生「死なないでね」

 そして扉が閉じられていく時、未冷先生の表情は悲しげだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る