始まりの日

「ごっほごっほ」


「博士大丈夫か?」


「ああ気にせんでいい。歳も歳なんだ」


 最近博士の体調が悪くなることが多い。今も苦しそうに咳をしているのだが、この歳で病院に行っても治りはしないと治療するつもりは無いようだ。


「どうぞ博士お茶です」


「ああすまんな」


 そんな博士をグレースも無表情ながら心配している様だ。


「本当に気にせんでいい。それに、儂の本懐はアルティメットが生まれた事によって果たされている。まあ最終調整は残っているが、殆どおまけのようなものだ」


「博士……」


「いい機会だから言っておこう。後3年ほどで最終調整が終わるが、その後アルティメット、お前は地上に出るんだ。もうその時にお前を止められる者は誰もおらん。自由に生を謳歌するといい」


 突然の博士の……これは遺言なのだろう……。


「だけど博士、生を謳歌しろって言われても」


「ふん、自由度の高すぎるゲームに困惑したプレイヤーみたいなこと言うんじゃないわ。何でも出来るんだ。なんでもしろ。まあ生まれが生まれなんだ。周りは全部敵みたいなもんかもしれんが、敵は全部殲滅するくらいの心構えで行け。誰にも、何物にも邪魔をされない。最強の生物とはそれでいいんだ」


「フワッとしすぎだろ……」


「けっけっけ。作っておいて無責任すぎるとか言うんじゃないぞ? 儂そんな事気にしたことないもん。勝手にしろ」


「分かった。勝手にするよ」


「そうしろそうしろ」


 博士が俺に何を託したのかさっぱり分からない。だが父親なのだ。出来るだけ期待に応える様、その人生の謳歌って奴を目指してみようか。


 あ、そうだ!


「博士銃はどうなったんだ!?」


「かーっ何であんなものは欲しがるんだ? その気になれば色々発射出来るだろうが!」


 この博士、グレースの改造の時からさっぱり分かっていない。確かになんか変な物を体から発射できるが、そんな事より銃を扱うカッコよさというものに全く理解が無いのだ。普通、メイドをメカメカしい騎士ロボットに変身出来る様にしておいて、男の俺になんも無しとかありえないだろ。


「まあちょっと待て! 今銃を注文しても怪しまれるだけだ! 何と言っても儂、使った事も作った事もないからな!」


「あれだけ色々作っておいて、銃作った事ないのかよ!」


「毒舌メイドは単に気に入らんかったから改造したが、本来の美しさとは生物の肉体に宿るのだ! 銃なんか下品だ下品!」


「おいコラこの爺。そんな理由で私を改造したのかコラ。ええコラ」


「ぷぷぷ。この貧弱なボキャブラリー、時計社の開発者の程度が知れちょっと待ってすいません! そこに入れられるとミンチになる!」


 うっかりいらんこと言った博士が、グレースに粉砕機へ突っ込まれる前に助けなければ。


 ◆


 ◆


 ◆


「アルティメットよ。なんか帝国に研究所がバレたっぽい」


「軽いわ!」


 未だにやってこない銃に焦がれながら、人体の構造や治療法について勉強していると、博士が爆弾発言して来た。


「あれだろ? 帝国とこの研究所の共和国ってクッソ仲悪いんだろ?」


「クッソ悪い。普通に襲撃かましてくるかも。ここ非公式だし」


 本で習ったが、何百年もバチバチやってた帝国と共和国はそりゃ仲が悪いらしい。もう最初にどっちが悪かったとか分からないくらい昔から。


「職員連中は、儂の試作品で実戦テストがどうのこうの言ってたが、そんな煩いのめんどくせ。勝手にやってろい」


「あっそう」


 だがこの博士、それがどうしたいつもの事と言わんばかりの落ち着き様だ。事人間において、グレースより薄情な時がある。


「だがこれは好機だ。儂の護身用に銃頂戴って言えばすんなり通る筈」


「本当か!?」


 だが今はそんな事より銃だ銃。資料で見た、軍人が銃を構えてる姿カッコよかったなあ。


「まあゴム弾が精々だろうが、撃ち方の説明書と映像くらいはセットでいけるだろ。練習用に弾も多めで、届いたらそこの隔離室で練習するといい」


「ありがとう博士!」


「全く我が子ながら理解できんわい。腕を超高周波腕をブレードにしたり、目からビーム撃てるのにあんな玩具を欲しがるなんぞ」


 それとこれとは全く別問題なんだよ! この爺さん本当に男か!?


「およよ。アルティメット様、代われるものなら代わって差し上げたいです。こんな偏屈爺に弄り回されて私の体は全身兵器に。どうしてくれるんだこの爺」


「だーはっはっは! あ、銃はぱっと思いつかなかったけど、魔力弾打ち出すガトリングは思いついて出来たから、お前の収納ボックスに転送しておいたからな!」


「勝手に人の収納ボックスにそんなもん入れるんじゃねえよ糞爺、遺言は受け取ったからな」


「ちょっと待って! その煮え滾る茶でどうするつもりだ!?」


 お茶が煮え滾ってるなら、沸点の低いグレースも煮え滾っている。でもガトリングだぞ!? 俺も欲しいのに!


 おっと、博士が頭からお茶を掛けられてゆでられる前に助けないと。毛髪はとっくにあれだけど。


 ◆


 ◆


 ◆


「だーっはっはっは! 遂にこの日が来たぞ! 今日遂にお前は完成するのだアルティメットよ!」


 ここ最近、具合の悪さはどこに行ったのかと言いたいほど、元気な博士が高笑いをしている。だが、やはり衰えているのは間違いない。今も車椅子に座って装置を操作している。


 そう、今日はついに俺の最終調整が終わり、博士曰く真の究極生命体として完成するらしい。真とか裏形態とかカッコよくね?


「完全に偶然だが、お前が生まれた日が10月27日なら、旅立つ今日と言う日も10月27日だ! やはりこの日が誕生日と記念日だな!」


 そう、今日は旅立ちの日なのだ。今日の為に作られた培養槽に入った後、俺はこの研究所からこっそり抜け出して地上に出る事になっている。勿論博士とグレースと別れる事に寂しさを感じている。だが俺は知りたいのだ。そして地上がどんな所かをこの目で見たいのだ。


 まさか本当に、月に2日の休みしかないとか言わないよな?


「という訳で準備はいいか?」


「いつでも」


「じゃあポチッとな」


 博士がスイッチを入れると、段々と培養槽に何かの液体が流れ込んでくる。まるで俺が生まれた時のようだ。


「そんじゃ行くぞ毒舌メイド。車椅子よろしく」


「はいはい。それではアルティメット様。よい旅路を」


「ありがとうグレース」


 俺が抜け出しやすいように、博士は研究所の実験室で新しいお披露目をして職員を集めるらしい。つまり今この瞬間が博士とグレースとの今生の別れなのだが、グレースは俺に頭を下げているのに対して、博士は振り返らずにてをプラプラ振っているだけだ。いや、ある意味俺達はこれでいいんだろう。だから俺も博士には何も言わなかった。


 完全に頭まで到達すると俺は1時間ほど眠るらしい。チラッと時計を見ると11時にはなっていない。なら12時手前には起きれるだろう。


 地上とは、博士以外の人間とはどんな所なのだろう。


 培養槽全てが液体に満たされた。少し、寝よう。

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