第7章  2013年 プラス50 – 始まりから50年後 〜 1 平成二十五年(4)

 1 平成二十五年(4)

 



 すると街並みのずっと向こうに、上がり始めたばかりの太陽が見える。それでも辺りはすでに昼間のように明るくて、急に己のパジャマ姿が気になった。

 ――さてどうする? このまま捜すか? それとも着替えてからにするか?

 そんな躊躇が一瞬だけあって、と同時に視界の隅で動く何かに気がついた。

 視線を向ければ二人連れの姿が遠くに見えて、片方がもう一方の腕を持ち、必死になって引っ張っているようなのだ。

 ――もしかして、節子か……?

 そう感じた瞬間、

「ちょっと、放してよ!」

 かなり距離はあったが、どうにも節子の声そのものだ。

「放して! 放して! 放して!」

 まさに昨日、洗面所で聞いた叫びとそっくりで、

 ――まただ!

 今もまた、節子に何かが起きている! 

 そう思うや否や、剛志は一気に走り出した。

 ところが二、三歩走ったところで、サンダル片方がすっぽり抜ける。途端に剛志はバランスを崩し、そのまま思いっきりダイビングしてしまった。

 ガツン! と全身に衝撃があって、すぐに両肘、両膝が強烈に痛んだ。それでもすぐに立ち上がろうとして、足を踏ん張ろうとするがまったくもってうまくいかない。気持ちばかりが焦りまくり、なんとか上半身を起こそうとした時だった。

「ちょっとあなた、いったいどこ行ってたの? わたし今まで、あなたのことずっと捜してたのよ!」

 そんな声がいきなり聞こえ、剛志は大慌てで顔を上げた。

 するとすぐ目の前で、パジャマ姿の節子が剛志のことを見下ろしている。

 不思議にもこの時節子は、剛志の状態をまるで理解していないようだった。

 転んでしまったという以前に、地べたに寝ているんだという認識がない。倒れたままの彼に向かって、その後も意味不明な言葉を必死になって話し続けた。

 そうこうしているうちに、節子の手を引いていた人物が剛志を助け起こしてくれる。

 見れば、確かにどこかで会ったことはある。

 きっとその年齢も、剛志と同じくらいだろう。

 ――どこで、会ったんだろうか?

 そんな答えは呆気なく、相手からの言葉で明らかとなった。

 剛志がなんとか立ち上がって、まずは礼を言おうと顔を向けようとした時だった。

「わたし、以前奥様にお世話になっていました松原です。正子は、わたしの妻でして、その節はいろいろとお世話になりまして……」

 松原……正子。

 そう聞いた途端、この老人と会った時のことがスッと脳裏に蘇った。

 それは節子と一緒だった通夜の席で、彼は節子の手を握りしめ、涙を流しながら何度も何度も頭を下げた。

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