第7章  2013年 プラス50 – 始まりから50年後 〜 1 平成二十五年

第7章  2013年 プラス50 – 始まりから50年後




再会できた小柳社長は、実は弟の方だった。

そんな事実を知った剛志は、あの日のために着々と準備を進めていく。

ところが予想外の出来事が重なって、彼の思いは果たされないまま終わるのだ。

さらに思わぬことから、剛志は智子の死を知って……。





 1 平成二十五年




「帰れと言っているだろう! 二度と来るなと、何度言えばわかるんだ!」

「お願いですから、そんなに興奮しないでください。少しだけ、少しだけでいいので、お話を聞いてもらえませんか? お願いですよ、岩倉さん」

「いいから! もう二度と来るな! 次からはインターフォンにも出ないから! わかったらとっとと帰ってくれ!」

 続いてブツッと音がして、親機のスイッチが切られたことが嫌でも知れた。

「もしもし! もしもし! 岩倉さん! もしもし!」

 それでも諦められないらしく、女性はインターフォンから離れない。彼女の後ろにも一人男が立っていて、そんな姿をしばらく黙って見つめていた。しかしインターフォンが切られたところで男は動き、女性の耳元まで顔を寄せた。

「もういいから、諦めよう……」

 そう囁いて、彼女の右肩をポンと叩いた。そうしてさっさと歩き出し、そばに停めてあった軽自動車に乗り込んでしまう。

 二人は区役所に設けられた地域振興課の職員で、男の方がずいぶん年若だったが、女性にとっては上司にあたる。だから諦めようと言われれば仕方なく、彼女もしぶしぶ門から離れて車の方に歩き出した。

 世紀末だなんだと大騒ぎしたが、何もかもが杞憂に終わって、新しい世紀を迎えて十年以上が過ぎ去っている。

 そして剛志は米寿まであと二年という年齢だ。そんな老いぼれがだだっ広い屋敷に独り住まいだから、とにかく何かと心配された。

 頑固オヤジで困っている――とでも聞き込んだのだ。さっきの二人も民生委員に泣きつかれ、きっとここまでやって来た。

 ただなんであれ、剛志に会う気などぜんぜんない。

 だいたいだ。顔を見せるなり施設の話を持ち出して、

「ねえ、おじいちゃん、こんな広いおうちで、一人暮らしは大変でしょう? 最近はね、とっても高級な施設だってあるんですよ。だから一度、一緒に見にいってみませんか?」

 初めてやって来た民生委員が、挨拶もそこそこにそんなことを言ったのだ。

 そんな本人だってけっこうな年齢だ。もちろん剛志ほどではないにしろ、誰が見たって正真正銘おばあちゃんには違いない。そんな初対面の婆さんに「おじいちゃん」と呼ばれ、一人暮らしだってだけで施設に入れと言われてしまう。

 ――冗談じゃない! 何がいい施設がありますだ! 年齢だけで判断するな!

 そんな感情が溢れ出て、その民生委員とも二度と会おうとしなかった。そしてこの先、誰がやって来ようと世話になる気は毛頭ないし、施設なんてのはもってのほかだ。

 今剛志には、この家から出ていけない理由があった。それは命に代えても変えられないし、老い先短い人生で、唯一の希望というべきことだったのだ。

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