第6章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 3 革の袋(6)

 3 革の袋(6)

 



 ある意味、怪我の功名だったのかもしれない。

 実際に、老婆は手数料として百万受け取ったし、あんな言葉がなかったならば、話を聞いてくれたかだって怪しいものだ。

 あの辺の大地主である彼女は、朝の収穫に近くの畑まで出かけていた。そして銀行を信用するしないは別として、かなり昔から現金を溜め込んでいたのも正真正銘の事実だった。

 玄関先で事情を説明すると、老婆は意外なほどすんなり剛志の言葉を信用する。

「ふうん、昭和三十八年より前かいね……そりゃまた、ずいぶんと変わったご要望だね……ま、いいでしょ、ちょっとそこで待ってておくれよ……」

 かなり腰の曲がった老婆だったが、意外とその動きはしっかりしていた。剛志にさっさと背を向けて、ぴょんぴょん跳ねるように廊下の奥に歩いて消える。

 それから十分ほどで、紙幣の束を四つ抱えて現れて、それを剛志の前にバサッと置いた。そうしてふうっと息を吐き、顔を覗き込むようして聞いてくる。

「本当に、これと五百万、交換してくれるのかい?」

「はい、もちろんです。ただ本当に、これぜんぶ、二十年以上前のお札なんでしょうか?」

「そうだね、もっと前のだと思うよ。うちの押し入れの、一番奥にあったのだから、きっとそいつが発行されて、そう経ってない頃のやつじゃないかね……あ、それからさ、一応言っとくけど、それはひと束、きっかり百枚ずつだから……」

 であればきっと、昭和三十年前半だ。

「確認して、いいですか?」

「構わないよ、ただ、本当に五百万くれるんならだよ」

 そんな声に、剛志は慌ててショルダーバッグを前に置いた。中から札の束を一つ一つ取り出して、彼女の前に横一列に並べていった。すると、老婆はニンマリ笑って、

「どうやら、本気のようだね……」

 独り言のようにそう呟くと、前掛けのポケットから何かを取り出し、剛志に見せた。

「ま、使わずに済んで、良かったよ」

 そう言ってから、それをさっさとしまい込んでしまう。

 この時剛志は、これがなんだかよくわからなかった。かなり重そうで、電動髭剃りをふた回りくらい大きくしたって感じだ。きっと護身用の武器か何かで、場合によっては自分に向けられていたのだろう。老婆の言葉からそんな感じの推測はついた。

 思ったままを尋ねると、老婆は声高にケラケラ笑って、電気ショックで気絶させることもできるんだと言ってくる。

「こんな婆さんだからね、知らない奴が訪ねてくるとさ、いっつもここに入れておくんだよ」

 幸い、一度も使ったことはないらしい。

「さあ、さっさと調べておくれよ。わたしはこれから、ボケかけた爺さんの朝飯を作らんといけないんだからさ……」

 さらにそんなことを言われて、剛志は慌てて札束の一つを手に取った。

 パラパラっと捲ってみる。

 そこで彼は、思いもよらぬ事実を知ってしまった。

 ――勘弁、してくれよ……!

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