第4章  1963年 - すべての始まり 〜 8 智子の両親(7)

 8 智子の両親(7)




 そんな勇蔵と同様に、その二歳になる女の子が佐智にも光り輝いて映ったらしい。

 それからすぐに、二人はその子と養子縁組を結んだ。当然、勇蔵の母親は大騒ぎだ。約束が違う、子供ができないなんて聞いていないと、佐智の実家、藤間家へ怒鳴り込む寸前だった。

 しかしすんでのところで実行には至らない。それは勇蔵による〝宣言〟によってだったが、女の子の天使のような可愛らしさも、少なからず影響していたように思われた。

「あれだぞ、智子が一緒に住むようになってな、結局、一番嬉しそうだったのが母自身だったよ。もちろん最初の一週間くらいは、自分からは決して近寄ろうとはしなかった。しかしな、すぐにそんな抱き方はダメだとか、まあいろいろと言ってくるようになってな、それから、亡くなる寸前までずっと、何かと言えば智子、智子だ。最期の最期には、取り囲んだ親戚たちには目もくれず、うっすら目に涙を浮かべてな、佐智に向かって、ありがとうって、言ったんだ……」


 〝佐智を追い出すというのなら、わたしもこの家から出て行きます〟

 そんな勇蔵の宣言に、母親はすべてを受け入れていた。そして彼女の死後しばらくして、勇蔵は実家である屋敷を売り払う。その金で二子玉川と用賀に挟まれた住宅街に土地を買い、そこそこ大きい家を建てるのだ。

 その後智子は、自分が養子と知ることもなく、新しい土地ですくすく元気に育っていった。

 勇蔵も最初は、捨て子だったということから、

 ――変な血が流れている……なんてことはないだろうか?

 内心そんな心配をしたこともあった。しかし日に日に可愛らしさは増していき、小学校に上がる頃には圧倒的な賢さも明らかとなる。

 その後ますます養子という意識は希薄になって、彼の唯一の心配といえば、家にしょっちゅう出入りする〝悪ガキ〟だけになっていた。

「おい、あんな不良と一緒にいると、おまえまでおかしな目で見られるんだぞ」

「剛志くんは不良じゃないわ。それに、本当は頭だっていいのよ。今はちょっと口も悪いし……確かにあれだけど、いずれきっと、勉強だってするようになるんだから」

 そんな言葉を言い返したという智子は、今この時を、いったいどこで過ごしているのか?

 剛志は門を出て振り返り、昔から何度も見上げた屋敷に目を向ける。

 そして智子の今を思いながら、やはり児玉亭とは反対方向へ歩き出した。

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