第3章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 3 止まっていた時(3)

 3 止まっていた時(3)

 



 時計を見れば、すでに五時半を回っている。窓の外も暗くなって、きっと気温もずいぶん下がっているはずだ。だから剛志はとりあえず、智子を自宅マンションに連れ帰ろうと思う。そして明日の朝出直して、あれがなんなのかを調べてみようと決めるのだった。

 何がどうあれ、元の時代に戻れるのであれば、それが何より智子にとっていいことだ。

 しかしそう簡単にいくとは限らないし、あの中に入ったら最後、さらに二十年先に行ってしまうことだってあるだろう。そんなことになったら、五十六歳になった剛志は、やはり十六歳のままの彼女をここで待たねばならなくなる。

 ――何をするにしても、きちんとすべてがわかってからだ。

 剛志は心に強くそう言い聞かせ、離れの部屋からタクシー会社に電話をかけた。

 岩倉という名を告げた途端、向こうからすぐにここの番地と、「岩倉様のお屋敷ですね、正門の方でよろしいですか?」とまで返してくれる。

 だからあっという間に受話器を置いて、剛志は電話の傍に十円玉をそっと置いた。

 智子の時代は十円で、何時間でも話せたからもったいないくらいに思ったのかもしれない。しばらく十円玉をジッと見つめて、どうして? というような表情を剛志に向けた。

 そんな顔する智子に向けて、剛志はここぞとばかりに声にするのだ。

「僕が知っていることは、すべてあなたにお話しします。ただ、実はここ、わたしの家じゃないんです。あなたを出迎えるために、本当の持ち主に、しばらく借りているだけでして……」

 だから、自宅まで一緒に来てほしいと話すと、彼女はほんの少し考えてから、

「あの……ここがあの林のあったところなら、わたしの家はすぐ傍なんですけど、このまま帰っちゃダメなんですか?」

 などと、当然であろう言葉を返すのだ。ここで強い否定を声にすれば、きっと智子は不審に思う。しかし実際、今や彼女に帰る家などないのだった。

 あの事件後数年で、彼女の父親はこの世を去って、母親もここ数年で亡くなっているらしい。さらに〝煮込み亭〟での話によると、大きかった屋敷は売りに出され、今ではそこに高級マンションが建っているということだ。

 剛志はそこまで思い浮かべて、あえて智子を、そこへ連れて行こうと考える。

 このままこの時代に残ることになれば、いずれ二十年という月日についても伝えなければならないだろう。ただそれが、今である必要はぜんぜんないし、今夜、両親が死んだなんて話すつもりも毛頭ない。少なくとも今は、そこに両親は住んでいない、という事実だけ知ってもらえればいいだけだ。そうして明日にでも、引っ越し先を調べてみようと声にして、その後は玉川にあるマンションに向かえばいい。そう目論んだ剛志だったが、事はそんなに単純じゃなかった。

 二人してタクシーに乗り込んですぐ、智子が辺りの変化に気づくのだ。一度、驚くような顔で剛志を見つめ、その後はただただ車窓に目を向け続ける。その時、彼女の顔は、

 ――どうして? いったい何が起きたの?

 と、まさしく剛志に告げていた。

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