2-3
そんなこんなで。本日最大の山場であろう、昼休みである。
あの後2回あった10分間休憩は職員室への用事と購買部への道案内という名目で清良が圭の身柄を預かっていたが、流石に長い休憩時間となると遠巻きだったクラスメイト達も誰かしら、なにかしらの接触をはかる可能性が高い。
もちろんそれ自体は喜ばしいことだし、場を繋ぐ手助けもやぶさかではない……と、清良も心の準備をしていたのだが
――結構、徹底してんだよなあ
2回の休憩を経て、圭が周囲に対して完璧に無関心を貫いていることが気がかりだった。
正確には、自分を遠巻きに見てくる生徒たち全てをまるで存在しないかのように扱っている。
あんなにあからさまなのに、視線のひとつも投げないのだ。わかっていて、意図的に無視をしているとしか思えない。
「……圭君って実は人見知りの人?」
「ん? いや全然」
「だよねえ」
本人が望まないのであれば、いらないお節介は避けたいところだ。
けれどこのまま彼を独占しておくのも気が引ける、というのも本音。
リュックサックを膝に乗せ、「一緒に食べても?」と小首を傾げる。そんな見事なまでの小悪魔仕草にノータイムで「もちろん」と返しながら、代わりに周囲の様子を探る。
「キーヨ! うまくやってんじゃんー俺らも混ぜて」
「うおっ」
正面に気を取られている間に、背後をとられた。
人二人分の重みが一気に清良にのしかかり、そのまま机にうつぶせになる。
「はじめまして、中尾君。俺、キヨのお友達の瀬戸哉汰っていいます。こっちは久賀紘昭。やっと話すタイミングできた!」
「はじめまして。久賀です」
「ご、ご丁寧にどうもありがとう。……清良、大丈夫?」
「おもいよ……!」
どけ、と手で払う仕草をすれば、二人はすんなりと清良から離れる。
そうだ、この二人がいた。そう思うと、途端に力が抜けた。
人当たりがよくて、無害で。なにより清良が信頼している。人に紹介をするのなら、うってつけの人選だろう。
「……圭君、ご飯二人も一緒でいい? 俺らだいたいいつも三人で食べてるんだけど」
「それはむしろ俺がお願いする立場じゃない? 大丈夫?」
「大歓迎に決まってる!」
圭の表情が一瞬不安げにゆれたのに、即座に哉汰が言葉を被せる。
善意100パーセントの笑顔とウエルカムポーズに、その表情はすぐに柔らかな笑みに変わった。
これは、だいぶ良い感じの。予想以上に「良い」出会いなのではないだろうか。
「じゃあとりあえず……移動、するか」
話がまとまったところで、紘昭が圭の肩を叩く。
「あーうん。みんなそわそわしてるし。ちょっと落ち着きたいよね」
「どっか人目のないところ……心当たりはいくつかあるけど……」
「あ、そうだ!」
清良の悩みなど知ったことかといわんばかり。他ならぬ圭のために、「人目を避ける」ことへの躊躇いのなさに、清良は頭を殴られたような感覚を覚えた。
杉田から与えられた任務があったとはいえ、すっかり失念していたのだ。
視線の牢獄に囚われたようなこの現状で、何を優先するべきか。そんなこと、わかりきっていたはずなのに。
「改めましてよろしく~かんぱい~」
一行が腰を落ち着けたのは、社会科準備室という名の杉田の根城だった。
教室中から見られててさすがに可哀想、というごもっともすぎる哉汰の一言で、落ち着くまでの期間、昼休みだけという条件付で貸し出された形だ。
ペットボトルと紙パックのジュースで乾杯の真似事をして、ようやく一息。
牢獄から開放されたことで気が抜けたのか、圭もあからさまに警戒を解いている。
「いやーすごいね、中尾君……いや俺も圭君って呼ぼ。10分休み中ヒロと外うろついてみたけど、学年中圭君の噂で持ちきりだったよ」
「うわあやだな……」
「あ、やなんだ。全然動じてないから慣れっこなのかとおもってたけど」
「慣れてはいるけど、良い気持ちはしないよ」
圭が机に広げた昼食は、どこかのパン屋で買ってきたらしい幾つかの菓子パンだった。
飲み物はアイスティー。身体の大きさ通りというか、他3人の昼食に比べると明らかに軽い。
「やっぱそうだよね……」
清良は2段重ねの弁当箱を自分の前に広げ、おまけでついていたタッパーを「どうぞ」と真ん中に置いた。
中身は姉の手作りクッキーだ。大量生産の余り物とも言う。
「ん、俺態度に出た?」
「いや、全然。逆になーんの感情も読めないっていうか……うん、完璧に無視してたよね。だから俺としても、変に仲立ちとかしないほうがいいのかなって正解を見失っちゃって……」
「あーごめん。……良くない、ってのはわかってるんだけどさ。どうしても……」
「どうしても?」
頭を悩ませていた問題が解決する。その期待に引っ張られるように、身体を圭の方向に傾ける。
このまま二人にいいところを持っていかれるのも癪だと思っていたところだ。自分の口から問い、本人の口から答えを聞けるのは一番望ましい流れだろう。
そうして得た答えはこちら。
「……視線にいちいち反応してたらキリないし、見てるだけの人気にしても消耗するだけだからアクション起こされるまでは基本ほったらかし。です」
見た目を裏切る言葉の切れ味である。
結構なことを言っている、という自覚があるのか、圭は気まずそうにすぐ近くに迫っていた清良の視線から目を逸らした。
「あははは! 圭君いいねえ、言うねえ」
「あ、いや、さすがに声かけてもらえたら反応するからね」
「うん。ちゃんとしてくれた。……自衛だよね、これも」
成程。これは、圭なりの処世術なのだ。
派手な見た目はどうしても人の目をひきつけるし、それによる苦労もたくさんあったのだろう。
そうして辿り着いた身を守る方法が「無関心」。それはちょっと、悲しい気もする。
「……ど、どうしよう清良。哉汰、くん? 良い人すぎない」
リアクションが余程予想外だったのか、圭はただでさえ近かった距離を詰め、清良の腕を掴んだ。
不自然な「くん」付けはご愛嬌だ。日本人はいきなりファーストネームの呼び捨てはしない、ということに気づけただけ花丸である。
むしろ順応が早い。
「んふふふ、嬉しいな。あ、呼び捨てていいよ。こっちもヒロでいいし」
「お前が許可を出すな。……ああいや、呼び捨て自体は、好きにしていいから」
「ていうかさあ、そんなことよりさあ」
「うん」
「「近いな」」
まず清良が寄って、圭も動揺の勢いで近寄った。
二人ともそれを嫌がらずこの結果なので、どちらがどうというわけではないのだけれど。
「……清良はなんか、距離感おかしくなる」
「いや俺、これでも結構広いほうだからねパーソナルスペース」
「俺だってそうだよ」
指摘されると気まずいもので。
二人はすっと姿勢を正すと、普段の彼らのパーソナルスペースまで間隔を広げた。
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