01-3



 ――リアクションが同じといわれても。


 不安しかない根拠を携え迎えた当日の朝。清良は普段より40分も早く学校に向かった。

 朝8時にもならない廊下は人もまばらで、手洗い場の鏡に映る自分の眠そうな顔に、思わず「よくやるわ」毒づく。

 そこまでしろといわれたわけではない。むしろ基本的にはすべての生徒の味方である杉田は、その可能性を疑ってもいないだろう。

 けれど少し、嫌な予感がしたから。それだけの理由で、清良は今ここにいる。

「おはよー」

 教室のドアを開けると、女子生徒が一人。

 清良の左隣の住人である花井が、ぱっとはじかれたように顔を上げた。

「おはよ花井さん。早いね」

「お、おはよ……」

 ぱっつんの前髪にツインテール。非常に大人しい……というよりはクールな性質で、こちらのペースに全く呑まれてくれない、清良からすれば少し苦手とするタイプの生徒だ。

 挨拶が返ってきただけ奇跡。その喜びから思わずにっこり微笑みを返そうとして――清良の表情は、そのまま凍った。

 視界に飛び込んでたのは、花井の斜め前、つまり自席のひとつ前の机に置かれた花。

 ペットボトルを切っただけの雑な花瓶に、白を基調とした花々が乱雑に挿しこまれている。

「……私じゃない。その、朝きたらそこに」

「うん、わかってるよ」

 私じゃない。それを伝えるためだけの挨拶と会話だったか。

 花井の仕業ではないというのは百も二百も承知だが、第一発見者である花井からすればそうと疑われても仕方のない状況だ。生きた心地のしない時間だっただろう。

 だがそれを片付ける勇気も、義理もない。その気持ちは理解できる。


 ――が。

 自分がそれを許容できるかといえば、ノーだ。


「何かするんじゃないかとは思ってたけど、ベタだよねえ」

 清良はようやく動いた表情筋で笑顔を剥がすと、自分の席に乱暴に荷物を投げた。

 そしてコンビニの袋から中身のお菓子類を取り出し、その中にまだまだ綺麗に咲いている花を容赦なく放り込む。

「この花、わざわざ買ったのかな……高そうだけどまあいいか」

「……職員玄関」

「ん?」

「……そこに飾ってあった花、そんなだったと思う」

「成程」

 ペットボトルの水は窓から捨てて、それもまた袋の中に。これは後で職員室のゴミ箱に紛れ込ませることにする。

 そして念のために机の上や引き出しの中にも注意深く目を走らせ、安全を確認した。

 そもそも、清良が早起きをしたのはこのためだ。思ったよりも悪趣味な手法でこられたので内心ドン引きどころの騒ぎではないが、事前に仕掛けを撤去できたことには素直にほっとする。

 昨日のうちに回収していたプリントの束をおかしのおまけのクリアファイルごと机に突っ込み、本日のVIPの受け入れ準備は完全に整った。

「……意外」

 清良の一連の動きをじっと見ていた花井が、心底、といった様子で呟いた。

「藤井君ってそういうのほっとくタイプだと思ってた」

 一体どんな印象を持たれているやら。

 確かに、普段ならここまで甲斐甲斐しく動いたりはしないかもしれないけれど。少なくとも花井のように見て見ぬフリはしないはずだ。

「……今日はたくさんお話してくれるね」

 いろんな思いに蓋をして、ごまかすように笑い、目を見つめる。

 花井は一瞬凄くいやなものを見たという顔をして、ぷいと視線をそらした。



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