Lv1.ドグニチュード2



「爆発?」


 視線を向ける通りの遥か先で爆発が起こった。建物で見えない町並みの遠い彼方から一筋の黒煙が立ち上っている。


「何が起きたんだ?」


 連続する爆発音。それが物凄い速さで近づいてくる。まるで生き物のようにクネクネとうねりながらジグザグの位置で爆発を巻き起こして確実にエタルの場所まで近づいているのが分かった。


「エタル。構えるんだ」

「構えるって言ったって」


 何が起こっているのか分からない。その状態で突然、構えろと言われても即座に対応できない。しかし爆発音は確かに近づいている。地面から伝わる振動も強くなってきた。爆発音と共に逃げ惑う人々の悲鳴が大きくなる。

 エタルの周囲でも後退って町の奥に逃げようとしている人数が増えてきた。


「エタルっ」


 肩に乗ったシュレディの言葉と同時に、目と鼻の先にある突き当りの通りが爆ぜた。T字路だ。右に曲がる角から逆噴射で茶色の煙が噴き上がっているのがわかる。

 ドシンと重たく足音が響いた。またドシンという音がして右の角から沸き上がる煙の中から巨大な影が姿を現した。


「ト、トロール」


 通りの角からもうもうと沸き立つ煙の中より現われたのは、緑色の肌をした巨大な棍棒を持つトロールと呼ばれる巨人のモンスターだった。禿げあがった頭、血管が浮き出ている筋肉の肉体、上半身裸で建物の三階分はある高い身長と地鳴りを起こす体重。ここより北の土地に住んでいる大型のモンスター。


 みしり、とトロールの掴んでいる通りの建物の角にヒビが入るとヘコみだした。トロールの怪力を物語っている脅威的な現象。ゴリゴリと引き摺っている棍棒の先端が道に轍を作っている。


「ぅ、ぁあ」


 呻き声を上げて逃げようとするエタルに、シュレディの冷たい視線が声となって響いた。


「逃げるのかい?」


 シュレディの冷めた声が、周りの人間と同じ様に逃げ出そうとしているエタルの足を止めさせた。


「逃げるのかい? エタル」

「……戦えっていうのか?」

「それだけの力は与えたつもりだ」

「トロールだぞ。D2級だ」


 D2級。魔物の強さを示す単位であるDはドグニチュードと呼ばれ、現在は最高で12までが観測されている。目の前に現われたトロールはその等級で2の強さだった。


「ドグニチュードと呼ばれる単位はマグニチュードと同じだよね。地震の規模を示すM2と一緒だ。もちろんこの世界で使われるマグニチュードは地球でいわれるマグニチュードとも全く同じ」

「そんな話は今はいいっ」


 エタルが叫んで、ゆっくりと気配に気づいて視線を向けてきたトロールと目が合った。

トロールがエタルに身体ごと向く。振動を撒き散らしながら引きずっている棍棒は恐怖そのものだ。この巨大なモンスターと戦う? 自分が?

 ガクガクと震えるエタルに巨人の影はやすやすと迫ると覆い尽くした。目の前まで迫った緑色の巨人は大きな口を開けると並んだ牙を見せて声を放った。


「なんダ。子供ガキカ」


 言葉を喋った。モンスターはD2級以上から言葉を介す個体が出現してくる。人間と会話が可能なモンスターが特定数いるのだ。それ故、D2以上のモンスターに対応するときは細心の注意が必要となる。人の言葉を理解し、人と同じ高度な知能を持つモンスターは、それだけで人々から怖れられる存在に足りえた。


「どけ。どかないと死ぬゾ」


 ゆっくりと近づいてくるトロールが一歩ごとに地響きを起こして威圧してくる。威嚇までする必要はない。威嚇とは弱者の手段だ。すでにトロールは存在感だけで威嚇になっている。恐怖という絶望的な威圧で威嚇している。一歩を踏みしめただけでマグニチュード2の地震を発生させる圧倒的な力量。どれだけの人間がこのトロールと同じ事ができるのか。一歩進んだだけでM2の地震を巻き起こし、一度、拳を振り抜いただけで竜巻を巻き起こすといわれる動く自然災害。


「エタル」

「く、くそ。本当にやるしかないのか?」

「おウ? 歯向かう気なのカ? そんな小さいナリで?」


 けしかける者と追いつめる者。そして間に挟まれる追い詰められる者。三者の中で最も優位な位置にいるのは誰なのだろう。けしかける者なのか、それとも追いつめる者なのか。優位に位置する者が誰なのかはわからなくとも不利な者が誰であるかは一目瞭然だった。


「やるよ。やればいいんだろうっ」


 魔転サリス。と唱えて手元に出現させた光学の魔法陣から剣を素早く引き抜くと身を低くして構える。自転する小型魔法陣から取り出したのは、この町の武器屋ならどこでも売られている鉄の剣だった。その一般的な鉄の剣を片手に握って、下から上へと突き上げられたトロールの棍棒の一撃を数歩分押し出されながらも受け切った。


「なニっ?」

「ぐっ」


 歯を食いしばりながらトロールの重い一撃を受け止める事に成功したエタルが片膝をつく。直後にエタルの背後にあった民家の窓が風圧で二、三軒分割れて吹き飛んだ。

 トロールによる棍棒の一撃は本来であれば背後の民家の惨状が正しい結果である。


「オレの攻撃を受け止めタ? 無傷でカ」


 戦士でも剣士でも騎士でもない無防備な青い布のマントを翻す魔術師のような軽装の子供が、剣一本で災害級のトロールじぶんの攻撃を受け止めた事実。


「そうカ。る気なんだナ!」


 トロールが下半身に力を込めて重心を低くする。毛皮の腰巻からガニ股で構えて太い脚に筋骨隆々の血管が浮き出る。

 マグニチュード2の地震と同じ力を持つ魔物とエタルの最初の戦闘が開始された。





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