少女はもう死んでいる?
冬村家に土足で勝手に上がって家族に混じり込んでいたエリーゼは、勝手なことを言って、わけもわからないままで、勝手に消えてしまった。
嘘だろ? 呆然と俺は手をかざした。
エリーゼがいましがた、立って挨拶をしたところを。
人のぬくもりの気配はなかった。当たり前だ、もともと人間ではなかった。エリーゼから漂っていたのは一種の『霊気』だ。それも悪いものではない。死んだ人の霊気とは思えない、どこか親しげで温みのある気配だった。だから、妖精だという話をそのまま受け入れていた。(といっても俺は、本物の幽霊を見たことがないので、断言はできないのだが……)
俺はエリーゼの痕跡を捜して、台所に入った。洗い物置き場の水切りかごに、家族それぞれのマグカップが置かれている。ヒーローの絵柄が描かれた白い陶器に、目を留めた。
エリーゼに贈ったはずのマグカップが、残されている。
彼女はこれを持って帰らなかった。あんなに喜んでいたのに。ピアノだって、弾きたかったはずだ。けれど一度も音を鳴らすことなく、行ってしまった。
「温、ショック受けすぎじゃない? あいつがいなくなってよかったじゃん、もう読お兄さまに命の危険はなくなったんだから……」
窓がどこか白けた様子で、背中に声を掛けてくる。自分で思った以上に肩を落とし、うなだれていることに気づいた。
頭髪をくしゃっとかいて、目をつむる。
「そうだけど平気なわけないだろ、腑に落ちないよ。エリーゼとはいったいなんだったんだよ。幻覚?」
エリーゼは確かにここにいた。声も姿も笑顔も、懸命にピアノの譜面を見ていた目も、優しい声で俺を呼んでくれたのも、手に取るように瞼の裏に思い描ける。
「幻覚ではないでしょ。例え僕らが、人に言えないようなやばい薬を服用してたとしても、俺ら三人ともが同じ幻覚を共有してみるなんてこと、あるわけないし、あったらそれこそヤバすぎるね」
見れば、読も窓も戸惑っている様子はなかった。このままだとふたりは、エリーゼのことを話題にも出さなくなりそうだ。
俺が動かなければならない。
「俺はこのままじゃイヤだ、エリーゼにもう一度会いたい」
「やっぱ、ロリコンじゃん」
茶化すというよりも、確認するように窓が指摘してくる。もうなんと言われようと構わない。俺の直感が、このままではいけないと叫んでいるのだから。
「温、当人が言っていたけど、あの子はもう死んでいるかもしれない。それでも探して会いに行くのか? 死者に?」
読がきわめて平静な目を向けてくる。
「死……ってことはエリーゼは、おそらく人間だ。だよな? もうすぐ死ぬ、いやすでに死んでるかもしれない。けど、あの子には生身の身体があるってことだ」
「『人間のエリーゼ』を探すつもり? どう考えても無理でしょ。手がかりもないし、実在するかどうかも……」
気乗りしない顔で窓が言う。
たしかにエリーゼという名前は、順当に考えて本名でない可能性が高い。今時の小学生ならば、両親が日本人であっても、「エリーゼ」という名の女の子はいるかもしれないが、それこそ調べる手段がない。本当の姿は別の形を取っていて名前もまるで違うのだとしたら、探す糸口はゼロ。
「どうすれば……兄ちゃんなんか思いつかない?」
「え、僕? うーん……」
髭なんて生えたところを見たことのない、つるりとした白い肌の顎をなでて、読は名探偵のようにリビングを行ったり来たりしていた。思考にふけった。
やがて思わせぶりに人差し指を立てて、話し始める。
「温、これは仮説だけど。あの子が事故や病気かなにかで死の淵にあって、死ぬ前に思い残すことがないように自分の意志で、生き霊としてふわふわと漂って、うちの家をねらって訪ねてきたのだとしたら。そこには、どんな意味があるだろう」
「えっ? ………あの子はわたしたちを前から知ってたってこと?」
「それならある程度、的を絞れるよね。あの子はお父さんの関係者なのかもね」
「えぇ、それってつまり……?」
眉をゆがめて、窓が読から二歩三歩、すうっと離れる。
「まあ、順当に考えれば僕らの妹ってとこかな」
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