第3話 第一囚人発見

ツカサはまず柔軟から始めることにした。

柔軟をすることで身体の可動域を広げるためである。


動的ストレッチ、筋トレ、静的ストレッチとただひたすらにその順番を繰り返した。


そして夜になると睡眠をとり、再び柔軟と筋トレを繰り返す。


ご飯は1日2食で、朝と夜にロボットが運んできてくれた。

ここの研究所のロボットは相当優秀のようだ。


そうして2日ほど経った頃、廊下にコツコツと何者かが歩いてくる音が響いた。


「久しぶりだね、黒髭くん」

初めてここにきた時に見たボサボサのおじさんがツカサの向かいの牢屋の男に話しかけている。


やはり黒髭くんと呼ばれているようだ。


ボサボサのおじさんはツカサの視線を感じたのか、振り向き少し驚いた顔をする。


「君はすでに精神を立て直しているのか。全く、感心感心。」


そう言いながらパチパチと拍手をする。


ツカサはその時何も褒められているのかさっぱり分からなかった。


「そう言えば名乗ってなかったか。私のことはDr.ワクテと呼んでくれたまえ。」


Dr.ワクテはそれだけ言うと満足したのか、再び黒髭の男を向き何か話し始めた。


少しその状態が続いたと思えば、突然黒髭の男の牢屋の扉が開いた。


黒髭の男が言っていたことが本当なら魔物との戦いが始まるのか、人体実験が始まるのかどちらかだろう。

ツカサはそう思い見ていると、Dr.ワクテが去り際にこちらを向いて、


「君のお仲間が少し精神が壊れてしまってね、それが治るまでは君の番は来ないから安心していいよ。」


そう言い残して去っていった。

ツカサはその言葉を聞いて、なぜさっき褒められたのかを理解した。


ツカサは一緒に連れて来られた3人のおかげでもう少し時間が得られたので、少し感謝した。


しかし黒髭くんの話が本当となると、人同士で戦うことになる可能性は十分にあるということになる。


「もし戦うことになっても大石だけは勘弁してほしいな。」


ツカサはあの筋肉質な体から振り回される剣を想像すると、背中が冷えるようにな感覚に陥った。


そんな想像振り切るように、独り言を声に出して、思考の方向を変える。


「あの人が帰ってきたらどんな魔物と戦ったのか教えてもらおうか。」


ツカサはそこで再び考えることをやめ、ひたすらに柔軟と筋トレを繰り返すことにした。





黒髭の男が連れていかれて3時間ほど経っただろうか、少し慌てた様子でDr.ワクテが戻ってきた。


「少し状況が変わった。大人しく付いてこい。」


そう言いながらツカサの牢屋の扉を開いた。


「たぶんあいつから聞いていると思うが、ここから脱走しようとするのは無謀だからやめておきたまえ」


そう言いながら歩き始めるDr.ワクテにつかさは大人しく付いていく。


ツカサはもともと今脱走する気は毛頭なかったからだ。


2つほど角を曲がったあたりで、Dr.ワクテは立ち止まり部屋に入った。

ツカサも同じくその部屋に入った。


部屋の中は不気味な空間だった。

部屋の中奥にはベッドのようなものが置いてあり、両腕や両足を拘束するためのようなものが付いていた。

部屋のあちこちにチューブのようなものがあるし、手術器具のようなものも散乱していた。


「さぁ、そこに寝転んでくれ」

そういうDr.ワクテの言葉でツカサは確信した。


今から行われるのは黒髭の男が言っていた人体実験だと。


ツカサは事前にこれから激痛を味わうことになると分かっていたので、本能的に思わず後ずさった。


しかし黒髭の男の言葉が頭に響く。


「イカレ研究者のいうことはすぐに従った方がいい。さもないと死ぬほど痛い思いをすることになるからな」


ツカサはなるべく無駄に受ける苦痛を避けたいと思っていた。


そのため現状何か焦っている様子のDr.ワクテに反抗しても悪い方向に進むのは明白だった。


焦ったりして余裕がないときの人間は何もするかわからない、とツカサは知っていた。


ツカサは意を決してベッドに横たわる。


するとDr.ワクテはニンマリと笑い、

「やはり君は逸材のようだ。」


それだけ言うと、ツカサの四肢を固定していく。


そして次に手首や足首などにチューブの繋がった針を刺した。


もちろん麻酔はしていないため、少し痛い。


ツカサは僅かに動く首を回し、Dr.ワクテの方を見る。


すると何やら機械をいじっている様子が見えた。


数十秒ほど経つと部屋の奥の方からウウィーンというなにかの機械が起動する音が聞こえた。


そして同時にツカサの全身に激痛が走る。


「う、ゔゔぁぁぁぁああああ!!」


ツカサは激痛が全身の神経と血管を巡っていく感覚に陥った。


しかし体は拘束されているため、もがくことすらできず、ただ叫んだ。



しかしDr.ワクテは叫んでいるツカサに対して不快に思うことはなかった。

なぜならDr.ワクテにとって実験体たちの悲鳴はその後成果が出るための大事な過程だからだ。



――――――――――――――――――



ツカサはふと目を覚ます。

そこで初めて自分が気絶していたことに気づいた。


未だに針は刺さったままだった。


しかし始めのような激痛は既になく、今は血管に血液以外のものが流れているような不快感に苛まれていた。


「危ない賭けだったが、どうやら神は私に味方をしたようだ!あははははっ!」


ツカサが喜びの感情を含んだ声の元の方を向くと、Dr.ワクテが苦しみながらもしっかりと意識を取り戻したツカサを見て、歓喜していた。


痛みはなくただ不快感が全身を巡る状態が続くこと数時間、ついにツカサは全身を巡る不快感と硬い手術台から解放された。


数時間前までの不機嫌さはどこに行ったのか、すっかり上機嫌のDr.ワクテはひとりでに話を進めていく。


「君にはまだまだやってもらうことがある。早く付いてきてくれ。」


ツカサは正直休ませて欲しかったが、せっかくの機嫌を損ねるのはまずいと思い、大人しく付いていく。


すると急に目の前に重厚感のある木製の扉が現れた。


無機質な廊下が続いていたこともあり、明らかにそこ扉だけが目立っていた。


Dr.ワクテがその扉を開くと、その先には


大量の本が巨大な本棚に収まっていた。


「さぁ、君には今からここで魔法に付いて覚えてもらう。」


そう言って、いろいろなところから分厚い本を持ち出してきた。


ツカサは内心、魔法も本当にあったのかと驚いていた。


「おそらく君たちは魔法についての知識が全くない。そうだろう?」


そう聞いてきたDr.ワクテに対して、ツカサは隠すようなことでもないので素直に頷く。


しかしツカサはなぜ自分が魔法という存在を知らないということを黒髭くんが知らなくて、Dr.ワクテにはわかるのか。

そのことがかすかに脳裏に引っかかったが、Dr.ワクテが話し始めたのでたかがそのことについて深く考えることはなかった。


「だからまたもに戦えるように魔法を使えるようになってもらわなければならない。」


さらにDr.ワクテは話を続ける。


「本来なら適性を調べたいところだが…、まぁこの5冊を読んで何か一つでも魔法使えるようになれ。これは命令だ。期限は今から3日だ。

そしてもう1つ、その君の首に浮かんでいる<継承者>の証のことなんだが、その証が表す才能の内容は分かっているのか?」


ツカサは後半のDr.ワクテがほとんど理解できなかった。

辛うじて、刺青のことを何かに勘違いしているのだと分かったくらいだ。


Dr.ワクテは困惑しているツカサの様子を見て、奥からもう一冊本を取り出してきた。


「これも読んでおくといい。まさかこの本が役に立つ時が来るとは思わなかったな。」


そう言ってDr.ワクテは部屋を出て行った。


ツカサはDr.ワクテが部屋を出て行ってから、ふと呟く。


「魔法が存在し、おそらく魔物も存在する。となれば今の状況は誘拐じゃなく、オタ組の本でもよく書かれていた"異世界転移"っていうのが起きたっていうことでいいのか?才能やら<継承者>やら言っていたしな。」


ツカサは自分で言っておいてその話にあまりに現実味がないことは分かっていた。

しかし山の中にいた時に見た謎のオーロラがその考えの信憑性を底上げしていたのだ。




一通り現状について推測したツカサは次に自分と同じくこの場所に捕らえられているであろう3人のクラスメイトについて考え始めた。


もしここから脱出するとしたら、助けに行くべきかどうか……


少し前のツカサなら考えることなく「助ける」方を選ぶであろう2択を悩むツカサ。


ツカサの思考は時が経つにつれて、冷静さが増していた。


クラスメイトたちは精神を病んでしまうような



ツカサは自分自身でもこの状況においてなぜここまで冷静でいられるのか、なぜ恐怖や混乱が日に日に感じなくなっていくのか分からなかった。


しかし頭は、体は、この状態をどこかとまで感じているような気がした

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