第2話 デニスの逃亡
「もしもしデニス?今、あなたの部屋の前にいるの」
聞き間違えかと思ってデニスは魔力通話の画面を二度見した。
まだ六時にもなっていない。
窓から覗く東の空は薄紫色。太陽さえ登りきっていないのに、部屋の前にいるとは何事か。
なぜデニスが実家ではなく今日だけ独身寮にいるのを知っているんだとか。
騎士団でもないのにどうやって中に入ったのだとか。
聞きたいことは山ほどあったがーーー今のデニスは何をするのも億劫だった。
無視しよう。
そう決めたデニスは再びナイフ磨きに戻ることにした。
デニスのメインの武器はロングソードだったが、根っからの武器バカであるデニスは色んな武器を収集していた。
鈍く光る刀身を眺めていると心が洗われる気がする。
特にこのS字型の刃を持つ片刃のナイフなどお気に入りでーーー
「あら!ピシュガブス?珍しいわね〜誰から貢がれたの?」
耳元で声がした。
普通であれば飛び上がるくらいしそうなものだがーーーデニスは彼が部屋に侵入してきていることにはとっくに気が付いていた。
「無視しないでよ〜」
猫撫で声で抱きついてくるこの男。
こんなんで黒竜団の団長なのだから世も末だと思う。
デニスはしばらくの間、肩の重みに耐えていたがーーーやがて「邪魔!」と悪態をついた。
デニスはベットに座っていたのだが、男二人分の重みでベッドが悲鳴を上げている。シャロンもシャロンもガッツリ鍛えてるから普通以上に重いのだ。
反応を見せたデニスに嬉々としてじゃれついてくるこの男…本当に何をしに来たのか。
デニスは怨念のこもった瞳で睨みつけるが、それくらいで引き下がるような男ではない。
それどころかーーー
「怒った顔も素敵ね〜ほんと我ながらいい男に育てたわ」
これである。オネエは最強なのではないかとデニスは本気で思った。
優しくすればつけあがるし、冷たくすれば喜ぶ。とにかく厄介すぎるのだ。
デニスは深々とため息をついてナイフをしまい始めた。
1、2、3、4、5、6…一晩かけて磨いていたらしい。顔が写りそうなほどにピカピカだ。
デニスが「朝っぱらから何の用だよ」と非難の視線を向けるも、シャロンは「どうせこの日は寝てないんだから同じでしょ」とあっけらかんと言い放つ。
図星をつかれたデニスは大人しく口を閉じた。
学生時代からそうだ、シャロンに口喧嘩で勝てたことなどない。
「あ〜もう、また働かせようってのに顔色最悪よ?ちょっとは休んどきなさい」
母親のようなことを言いながらシャロンはデニスを仰向けにした。
落ちていた枕を拾い上げて、ふんわりとキルト布もかけてくれる親切仕様。
見た目は二十代にしか見えない彼だが、実年齢は四十を過ぎている。
デニスの親と同じような歳なのだ。
諦めたようにされるがままになっていたデニスだが…シャロンの言葉に引っ掛かりを覚えたらしい。
今、このマスキラは「また働かせよう」と言わなかったか?
「ーーー俺、三日間くらい有給取ってるんだけど?」
訝しむデニス。
シャロンは「知ってるわ」と額を抑えた。
「私は反対したんだけどーーー
シャロンの話に呆れ顔だったデニスだがーーーライラと聞いた途端、ばね仕掛けの人形のように体を起こした。
「あいつ何やってんの?王妃様になってまでジョシュア様のことしか考えてないの?馬鹿なの?」
文句を言いつつベットから降りると、即座に身なりを整え始めたデニス。
最後に黒のマントの金具を留めれば騎士団長の完成だ。
先ほどまでの鬱蒼とした雰囲気などどこかへ飛んで行っていた。
「少しくらい寝てったら?アタシが呼び戻してくるって言付けしたからすぐに飛び出してくることはないと思うけど」
シャロンの呆れ顔にーーーデニスは「一晩寝てないくらいで倒れるような鍛え方してないから大丈夫」と薄く笑った。
デニスはシャロンの横に並ぶと、廊下と窓を見比べる。
さあ、どちらから外へ出ようか。
二人はアイコンタクトをした後で窓へと歩いて行った。
一応四階の部屋なのだが、彼らには関係ないらしい。
窓枠に足をかけ、躊躇なく空中に身を投げ出した。
朝露で湿った裏庭に降り立つと、独身寮をぐるりと回って正面玄関に停められたシャロンのプレートに乗った。
シャロンが魔力を込めた途端に爆音を立てるエンジンにデニスが顔をしかめる。
「TENGEN社製のプレートはかっけえけど、早朝の移動には向かないな」
デニスの呟きにシャロンは肩をすくめた。彼はこれしか持っていないらしい。
「身体強化で走って来いって?…髪型乱れるからイヤなのよ。ーーーほら乗って」
騎士団も魔法士団も束ねる武闘派のトップとは思えない発言にデニスは苦笑した。こういう人なのだ。実力は本物なのだが。
シャロンの運転は相変わらず乱暴だった。
スピード重視で同乗者のことを気にかけない。
カーブの時にかかったGの強さにデニスは咄嗟にプレートを掴んだ。
シャロンがしてやったりな顔をしている。
いたずらっ子のようなシャロンに釣られてデニスも吹き出してしまう。デニスじゃなければ弾き出されそうだ、シャロンはデニスだからこうなんだろうが。
機嫌よく動力魔石に魔力をこめているシャロンだがーーーよく見ると、その肩が小刻みに震えている。
…五月の朝風はなかなかに冷たかった。
デニスが無言で近寄っていき、剥き出しになっているシャロンの手首を掴んだ。
「ーーーえらい冷えな」
デニスは自分のマントを外した。
運転中で魔石から手を離せないシャロンに後ろからマントを巻きつけている。
シャロンはされるがまま…バツが悪そうに首をすくめた。
こういうことをさらっとやってしまうから騙されるフィメルが後を絶たないんだろうなと内心ぼやきながら。
「黒竜団の制服って見栄っ張りで機能性イマイチなのよね〜」
デニスは改めてシャロンの制服を見てみた。
光沢のある黒地の布に流紋のように魔石が散りばめられている。
天の川のようで綺麗だとデニスは思うのだが…。
「五百年前から変わってないんだっけ?ーーー魔法陣を改良してないなら、しょうがないよなあ」
シャロンは怨念のこもった目で自身の制服を見ていたがーーーデニスのマントに身を包んだ後は随分と暖かくなったらしい。ゆるゆると目尻を下げた。
「すごい高性能ね〜代々の騎士団長が魔法陣改良してるんだっけ?」
シャロンはデニスの学生時代をよく知っている。
だからデニスの魔法陣の才能が至って平凡であることも知っていた。
「引き継いだのをそのまま使ってるの?」
デニスは意外にもシャロンの言葉を否定した。
なんと自分の代でも改良したらしい。
「俺って歴代稀に見るほどに赤魔法が強いらしくてさ〜元の魔法陣のバランス焼き切りそうになったわけ。流石に焦ったよね」
呑気に笑っているデニス。
騎士団長に就任してすぐに高校の恩師に懇願したそうだ。
「え!?あの堅物が依頼を引き受けたの?」
心の底から驚いているらしいシャロンにデニスが苦笑する。
「あの人偏屈だけどさ、新しい魔法陣には目がなかったよ?『本当に歴代の騎士団長作品を見てもいいんだな?』ってむしろ心配されたもん」
デニスの言葉にシャロンは思案の顔になった。
確かに…シャロンの知る彼であれば自分の知的欲求には逆らわないかもしれない。
「騎士団長のマントなんて見る機会ないものね〜みんな自分で改良してそうだし」
シャロンの言葉をデニスは肯定した。
実際に父親も祖父も己で改良したらしい。
「俺は魔法陣の才能ないからな〜先生にやってもらえて助かったよ」
のほほんと呟くデニス。
シャロンは微苦笑した。デニスは特段魔法陣が苦手だったわけではない。時間さえかければ自分でも少しくらいは改良できたであろう。
デニスの父や祖父が専門家に頼らなかったのは…おそらく別の理由。
騎士団長ともなれば名声が邪魔して他人に頼りづらくなるのだ。
ーーーこの子はそんなこと全く気にしてなさそうねえ。
デニスはそもそも陛下の指名で騎士団長になったのだ。
名声を欲しないデニス自身が十七歳での騎士団長就任を望んでいたとはシャロンには思えなかった。
就任当時など彼が若すぎるせいで騎士団内での反発も多かった。
騎士団長になどならなきゃよかったとよくデニスはぼやいていたのだ。
意気消沈したデニスをシャロンは鼓舞したものだ。
今も一部の若手から心酔されていることに悩んでいるらしい。
「俺みたいなのに憧れてどうすんだよ。陛下とかならわかるけど」
泥酔して項垂れるデニスはよく陛下を持ち上げるのだが、シャロンからすると彼に憧れるのもどうかと思う。確かにデニスのように女にだらしないことはないが、他がポンコツすぎるのだ。
今だって彼がわかりやすく悲壮な顔などするから、
ーーーデニスも大概ジョシュアを崇拝してるわよねえ。
類稀なる才能を持つジョシュアだ。
求められれば、傾倒したくなる気持ちがわからないわけではない。
それでもシャロンはデニスに異議を唱えたいのだが。
「やっぱりジョシュアは抜けてるのよねえ。この間もパーシヴァルの婚約決まって凶暴化してたし」
シャロンの独白は脈絡のないものだったがーーーデニスは同調するように頷いた。デニスも聞き分けのない駄々っ子のように暴れ回る陛下を取り押さえた一人なのだ。
「黒魔法の竜巻見た時は久々に本気で焦ったよな。相手を聞いて大人しく…納得してくれて本当によかった」
まさかあの二人が婚約するなんて、などと談笑しているうちに王宮の中心部までデニスたちは入り込んでいた。
グレイト=ブリテンの王宮は生きた迷路だ。
国王が暮らすケンジントン宮殿などはその代表格で、ジョシュアとライラが競うように建築魔法を使うので、訪れるたびに見せる景色を変える。
魔法迷宮とも言える王城内を、シャロンは迷いなくプレートを操縦する。デニスにはできない芸当だ。ケンジントン宮殿に呼び出された際には、デニスはいつも屋根を走る。上から見れば中心がわかりやすいかららしい。人間を辞めているというのは彼の友人の談。
「さーて、ライラはお利口に待ってるかしら?」
シャロンがプレートを固定する間にデニスは一足先に宮殿内へと入った。
追いついて来たシャロンと共にいくつもの魔法陣を通り抜け、最奥の部屋を目指す。
ーーーライラが無理して笑ってないといいけど。ジョシュア様はむしろ落ち込んでてくれ。
内心そんな事を考えながら、最奥の木製のドアを開け放ったデニス。
柔らかな朝陽に照らされて、ジョシュアの横でライラは朗らかに笑っていた。
互いにもたれかかるように座っている二人。
ライラがシャボン玉のように黒魔法の泡を放ち、ジョシュアはふーっと息を吹きかける。
ーーーなんだ、元気じゃん。
デニスは黙ってノブを引いた。
朝の薄暗い廊下に沈黙が落ちた。
シャロンは慌てたように口を開いたが、デニスはすでに踵を返している。
黙々と歩くデニスの後ろで、シャロンは沈痛な面持ち。
デニスの表情は穏やかだった。
かえってそれが痛々しい。
プレートまで戻って来た時、デニスはようやく口を開いた。
「ライラが笑ってて、よかった」
しみじみと呟くものだから、シャロンは自分が泣きたくなった。
「文句でも言ってよ」
デニスは黙ってはにかんだ。嬉しそうに。シャロンのおかげで朝からライラが見れたわ、と。
なんだそれ。
朝から叩き起こされて、最愛の人が他の男と笑い合っているところを見せつけられて。
「お前はーーー」
シャロンは言葉を紡げなかった。なんでそんなにいいやつなの?むしろ馬鹿なの?ーーー言えないよ、だってデニスはあの一瞬、ライラに会えただけでこんなに嬉しそうなんだから。
シャロンは誤魔化すようにデニスを睨みつけた。
怒っていたのかもしれない。あまりに自分の痛みに無頓着な彼に。
いい加減にしてほしい。
ジョシュアも、ライラも、他の魔法使いも…デニスが痛みから必死に目を背けているのが見えないのか。
「ーーーデニスはなんで愛人って呼ばれても無視してるの?」
昨日の胸糞悪い王城のパーティーで、びっくりした。
シャロンが留守にしていたこの一年で「デニス愛人説」はあまりに広まっていた。
責めるような口調になったのはご愛嬌。
だって、デニスには噂を否定する力も、身分も、人望もある。
デニスは急な問いかけにキョトンとしたが、すぐにバツが悪そうな顔になる。
「シャロンになら…引かないって約束するなら教える」
「引かないわよ、アタシはあんたが何を思ってても今さら軽蔑したりしない。ーーーで?」
シャロンは慰めるみたいにデニスの風に流れる髪をすいた。
「俺は絶対いいやつにはなりたくないんだ。あっさり思い出にされるくらいならーーー負の感情を向けられたい」
「引いた?」とデニスが子供みたいな顔で聞くから、シャロンは忍び笑いを洩らす。変なところで臆病な男だと思う。
つい先日、未亡人との密会現場を週刊誌に取られていた人間の発言とは思えなかった。
笑われると思わなかったのか、デニスが不満げに唸った。
そんな彼の白い頬をからかうように突くシャロン。
「わかるわよ、嫌いなやつのことってずっと考えちゃうものね」
消しゴム拾ってくれたクラスメイトの名前は忘れても、髪の毛を引っ張ってきたクソガキのことはよーく覚えていたりする。
「俺はライラに嫌われたいのかも」
デニスはそうこぼして、すぐに絶望した顔になった。
ライラに嫌われたことを想像するだけでデニスはこの世の終わりのような顔ができるらしい。自分で言っておいて馬鹿すぎるーーーそれがシャロンの素直な感想。
「ライラに嫌われるのはあんたには耐えられないわよ。ーーー嫌がらせするのはジョシュアにって思っておきなさい。大丈夫よ、ジョシュアはデニスのことだーい好きみたいだし」
「昨日もミシェーラを巻き込んで追いかけっこしたんでしょ?」とシャロンがからかう。デニスは聞こえないふりをしていた。…ジョシュアから好かれている自覚はある様子。
「嫌われたい」もしくは「嫌いになりたい」…これはきっとデニスの心の底からの願いなのだろう。
デニスが、あのブライヤーズ家のマスキラであることを考えると叶わぬ願いかもしれないが。
シャロンは彼女が王妃になっても、変わらず心を傾けるデニスが大好きだった。
最高に愚かしくて、愛おしいじゃないか。
だからーーーたとえ間違っているとしても応援してしまう。
「あなたの企みのためにとびっきりの当て馬を用意してあげるわ。ーーーそうね、お姫様とかどう?」
話の流れが読めずにデニスが戸惑う。
ただ、今までの経験から嫌な予感はしたようだ。
ジリジリと後ずさった。
シャロンはすかさずデニスを捕まえた。
デニスに視線を固定して、葡萄色の瞳を緩める。
「想像してみなさいよ。ーーーライラに嫉妬されたくない?」
デニスが石のように固まった。
首筋が朱色に染まっていくのを見て…シャロンが妖しげに嗤った。
一体何を考えたのだろうか。このマスキラは。
「決まりね」
デニスはシャロンの腕を振り切るとあっという間に姿を消した。
羞恥心に耐えられなかったらしい。可愛らしいことで。
「パーシヴァルに聞いてみないと。ーーーもう姫の護衛は決めたって言ってたけど、間に合うかしら」
◯
デニスはシャロンの元を離れると、すぐさま友人に魔力通信を飛ばす。
もうこの国の王族に振り回されたくなかった。(シャロンも王族である。傍系だが)
デニスの沈みきった声から、ただならぬ気配を感じたらしい。
プロイセンで最も忙しいマスキラが文字通り、時空を飛んでデニスを迎えに来てくれた。
「何?俺、謁見中だったんだけど」
ツンツンしているが、執務をほっぽり出して駆けつけてくれたこのマスキラーーーシリル=オゾン。
飾りのない官服に痩躯を包んだ彼はジョシュアと同じ二十七歳。
病的なほどに白い肌。黒髪を無造作に後ろで束ね、目の下には濃い隈がある。
彼の頭に乗せられているのは金の王冠。
彼の立場と同じく煌びやかに光るその装身具は、シリルには大きすぎるようで。今も頭からズリ落ちかけたのをシリルが煩わしそうな表情で抑えつけている。
隣国の若き王である彼だが、一度懐に入れたものには甘い。
「ねえ、シリル君。三日だけ匿って」
デニスが縋るように見つめていると、渋々とだが了承してくれた。
条件付きで、だが。
「プロイセンの騎士を
シリルの交換条件にデニスはむしろ明るい顔になった。
「むしろ望むところだわ!ーーーカッシーナ騎士団長元気?また手合わせしてえ。というか、久々にシリル君とも試合したいな」
大型犬のようにじゃれついてくるデニスをあしらいながらシリルは自国へと飛んだ。
デニスには試合前のルーティーンがあった。
瞳を閉じたまま、ロングソードを空高く掲げたデニス。
観客からは待ってましたとばかりに歓声が上がる。
「ーーーちっ、俺の国なのになんでデニスの方が人気あんだよ」
デニスとシリルが手合わせのために外へ出たのは二十二時。
夜の底に紛れるように向かい合った二人だったが…どこからか噂が漏れていたらしい。軽い準備運動の間に、中央訓練場には大勢のプロイセンの人々が集まっていた。
それもそのはずーーー国王の本気など滅多に見れない。今のプロイセンではシリルと対等に打ち合えるものなどいなかったのだ。
シリルの言う通り、ここにはデニスに憧れている騎士も多い。デニスの真似をするように右手を上に掲げる騎士の姿がちらほら。
びゅうっと強い風が吹き、月明かりを吸い込んだ緋色の髪が風に流れた。
デニスの口元がうっすらと開き、唇から八重歯が覗く。
アーモンド型の赤い瞳が開かれた。視線で射抜かれたシリルはどきりとする。
大衆と同じく友人に見惚れている自分に気がついてシリルがそっと視線を外した。
「騎士に授けられる剣、それはアダムの原罪を背負いし主人が孤独に焼かれた大樹の象徴である。故に騎士は、その剣によって大樹の敵を打ち砕く責務を負う。騎士とは正義の維持のための存在だからこそ、その構える剣は両刃である。騎士道と正義。その二つを護持せんがため」
デニスの口上に呼応するように、赤の魔力が大炎を上げた。
対照的に不気味なほどに魔力を動かしていないシリルはといえば、小憎らしく、勝ち誇った顔をしてみせる。
「今日こそ一撃くらい入れてみて」
デニスの口元がつうっと釣り上げられた。紛れもない強者との対戦にこの上ない幸せを感じているようだ。
「シリル君ーーーいざ勝負」
開始早々。
デニスは眩いばかりに赤魔力を纏わせたロングソードを振り上げた。
切り払うデニス。
重い斬撃を剣の鍔元で受けたシリルの表情が歪む。
「絶好調じゃねえか…」
シリルはカウンターを繰り出しつつ、デニスの表情を伺う。
仄暗い笑み。瞳に浮かぶ隠しきれない興奮。ーーー根っからの戦闘狂であるデニスだが、当然調子に波くらいはある。
赤魔法を使う騎士は気持ちの昂りがそのまま剣に乗る。燃え上がるような怒りは剣士の実力を底上げするのだ。
ーーージョシュアとなんかあったか?完全にキレてるんだけど。
思案に沈むシリル。
デニスが拗ねたように「考え事っすか」と口を尖らせる。
「チャンスってことで…天辺斬り!」
デニスが肘先のスナップを使い剣の切先を叩きつける。
受け止めたシリルの剣をデニスが巻き取りに行った。シリルの体制が揺らぐ。
「もらった!」「っぶな!空間魔法!」
デニスがスライスした剣はシリルのマントをわずかに切り裂いただけだった。
デニスが舌打ち。
シリルは少し離れた場所に転移すると額の汗を拭っている。
卓越した魔法と剣のやりとりに観客からはどよめきが上がる。
「やべえ今の。やべえ」
「空間魔法の発動時間短か!」
「デニスの大技もやばいって、隙はどこ?天辺斬りからのスライスまで滑らかすぎだろ!」
すぐさま間合いを詰めてきたデニスにシリルは舌打ち。
デニスの剣技は基本に忠実だ。
故に攻撃は読みやすい。
だが、緩急つけた伸びやかな斬撃はわかっていても防ぎきれないのだ。
一合、二合と打ち合っている間にシリルの体制が崩され、転移で仕切り直し。
繰り返されるやりとりに観客からはブーイング。
「陛下逃げないで!」
「やっちまえデニス!」
シリルがまた転移した。
デニスの剣が空振りする。
素早く体制を立て直しながらーーーデニスの剣戟よりも素早く転移魔法を発動するシリルにデニスは舌を巻く。
ーーーコンマ一秒で転移するから全く行き先が読めねえ。シリル君やっぱ強えな。
…などと考え事をしたのがいけなかった。
格上との対戦では一瞬の隙が命取りとなる。
シリルがいつの間にか用意していたのか。
放たれた膨大な赤い魔力に視界を塞がれ。
切り払った時には後ろを取られていた。
肘に打撃。
痺れる指先。
剣を手放しそうになったところで腰を捕まえられた。
ポーンと軽く投げ飛ばされるデニス。
「うわああああ」
情けない悲鳴をあげたデニスにシリルが大口を開けて笑っている。
受け身をとってコロコロと転がったデニスを見下ろして、シリルは白い歯を見せた。
「はい、俺の勝ち。47連勝目」
デニスは悔しげに地面を叩いたがーーーむくりと起き上がると、逃げるように歩き去ろうとしているシリルにしがみついた。
「シリル君、もう一戦!」
「バカだろ、もう寝るぞ」
「いいじゃん!もう一回やろうよ!!」
…なんだかんだシリルは押しに弱いので、わがままに付き合ってしまうわけで。
結局デニスは三回転がされる羽目になった。
帰り道、満足げに本日の反省点を述べるデニスを見て、「剣バカってこいつみたいなのを言うんだろうな」とシリルは遠い目をしていた。
「ーーーお前なんで落ち込んでたの?」
「え、シリル君には関係ないけど」
「可愛くな!剣のこと以外ではほんとお前可愛くない」
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