第29話 最高裁上告へ
義叔父との電話を切った後、腕時計を見たら20分経っていた。かなり怒り心頭だったとみえて神野には話の記憶がはっきりしない。覚えているのは、
「貧乳の女にやられました。酷い偽証をされました」
「この私がセクハラで痴漢容疑ですよ、この私が」
と、訴えた事と、次のやりとりのみ。
「最高裁に上告したいんですが、どうでしょうか?」
「最高裁で上告が覆ることは殆どないよ」
「弁護人もそう言ってました」
「そうだろうね」
「でも、原告の証言と目撃者の証言が正反対ですよ、完全な偽証ですよ」
「その起訴が棄却されたんだよね」
「そうです」
「なら、最高裁でも無理だね。こういった場合、殆ど、女の言い分が通るよ」
「…?」
「新たな証拠が出ない限り、判決が覆る事はないね」
「そうですか…」
(新たな証拠か…)
絶望感を抱えたまま、苦し紛れに今度は従弟に電話を入れた。この母方の従弟はY君と言い、4歳年下ながら神野が最も信頼している、常日頃から親交のある従弟である。
義叔父と違い相談ではなく、これまでの流れを一通り聞いてもらった。彼は驚いた様子で相槌を打ちながら、しっかり聞いてくれた。丁度1時間。
3、4日ほどして、神野は再度義叔父に電話を入れた。疑問点の質問をする為である。
「あの、例の件で少し質問があります」
「うん…」
「指紋について…ですが。私が触ったというズボンの指紋。検察官は証拠品にそれを出してこなかったんですが、それは指紋が付いてない、つまり触ってない証拠になりませんか?」
「いや、衣服には指紋は付かないよ。コップとかガラスのような物なら付くけど」
これは意外で驚きだった。無罪の証拠隠滅の為の不提出だとばかり思っていた。 でもそれじゃあ、電車内での痴漢の証拠は? 周囲の証言だけ? それなら偽証すれば、容易に冤罪が成立するではないか、今回みたいに。TVドラマの話はみんな嘘なのか。
「同じ職場の同僚の証言は証拠になるんですか?」
「勿論、なるよ」
これも彼が視聴したTVドラマでは、証人にはなれなかった。あれは殺人目撃だったが。
「目撃者を偽証罪で訴えたいのですが、できますよねえ?」
「難しいね。偽証罪が成立する事は殆どない。年間2~3件ぐらい」
「以前、兵庫県警に電話したら、『N警察署で規定の様式で書いたものを持ってきてくるように』って言われましたが?」
「受付はしてくれるけど、なかなか通してはもらえないよ」
神野は暗澹たる気持ちで電話を切った。
ネットで、最高裁について調べてみた。上告するには、次のいずれかを満たす必要があるらしい。
憲法解釈に誤りがある事
法律に定められた重大な訴訟手続の違反事由がある事
何だか、もう一つすっきりとは理解できない。
神野は前回の電話の時に義叔父の言ってた『新たな証拠』が気になっていた。新たな証拠…、新たな証拠か。
翌日、神野はKo弁護人に電話を入れた。
「あ、先生、西宮の神野です。例の裁判の件ですが、『上告』でお願いします」
「そうですか、分りました。じゃあ、私の方で手続きしておきます」
「お願いします」
上告は決まった。
ここ暫く、寝つきの悪い日が続いている神野であった。前夜、その寝つきの悪い中で、考えに考えて出した結論であった。
『新たな証拠』にはならないかもしれない。国選弁護人やN警察署の”有罪ありき”の警察官がやらなかった事をやってやろう。
神野は強く決意した。やるだけやってダメなら仕方がない。やらない後悔よりはやってダメだった後悔の方がはるかにマシだ。だが、一人ではできない。協力者が要る。
神野の頭の中には、一人の男の顔がはっきりと浮かんでいた。
Kスポーツジムで共に汗を流したその人。他の仲間も誘い、共にマラソンのトレーニングにいそしんだその人。何回も何十回も、日帰りや宿泊込みのマラソン大会で、2人であるいは仲間と、充実した至福の時間を共に過ごしたその人。
彼なら必ず協力してくれる、必ず。
その人の名は、『仙人』。
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