第19話 N簡易裁判所公判4 被告人質問➁

 K弁護人は尋問を腹筋台に向けた。


「原告女性は前屈をする前に、腹筋台で腹筋運動をされてましたよね?」

「はい」


「どういう経緯で原告女性は腹筋台で腹筋運動をすることになったんですか?」

「彼女の勘違いだと思いますが、私が『床に横になって行う腹筋での上体起しが、私自身昔40~50回できてたのが、今は1回もできなくなった。その理由として思い当たるのが、腰が垂直になったまま曲げられなくなった精じゃないかな?』と言ったんですね。そしたら何を勘違いしたのか、腹筋台に私を連れて行って、自分が腹筋台に乗り『こういうトレーニングがありますよ』と教えてくれようとしましたね」


「貴方の前で自発的に腹筋運動の実演をしてくれたことになるんですか?」

「そうですね」


「原告女性が腹筋運動の実演をしてくれてる時に、貴方は原告女性の身体を触りませんでしたか?」

「彼女が正しい姿勢を示す為に、自分の膝からお尻までの線とお尻から背中までの線の交わる角度が90度になるようにと左手で私に示したんで、つられて背中ともものあたりに手を触れたと思います」


「腹筋運動をする時に脚とか腰とかの角度が一定になるのが望ましいという説明をしてくれたんですね?」

「ええ」


 本当は違う。一定ではなく、90度つまり直角である。K弁護人の質問は(YES)を促す質問が多く、思わずつられた神野である。

(一定なんて、一定ません(言っていません))

 

「タッチしたのはどのあたりですか?」

「ウエストのちょっと上ぐらい。腰と背中の間」


「どちらの手でですか?」

「右手ですね」


「左手は何かを触っていましたか?」

「左手は…。太ももに当たったんじゃないかと思うんですが、よく分からないですね」


「今、貴方が発言をされる中で、意図的に触ったと言ったところは、原告女性の腰の付け根あたりと太ももの裏あたりだということですが、この時貴方は自分の性的な嗜好を満たすというような意図はなかったのですか?」

「全くありません」


(意図的に触った)とは言ってない。(つられて触れた)と言ったはず。

 神野、少し不快感……。

(待てよ。これはどちらの話だ? 腹筋台じゃないのか? 前屈か?

 どちらにしても、NOだ。)


「貴方は普段から原告女性の身体に断りなく触っているんですか?」

「いいえ」


「他の従業員さんにはどうですか?」

「全く記憶にないですね」


「手を握ったりとかそういうレベルでもありませんか?」

「ありません」


「セクハラ発言はされたりしてませんか?」

「それも,全くないです」


「例えば、君可愛いねとかいったレベルのことを話したりとか?」

「唯一心当たりがあるのは、原告女性と話した2回目の時ですが、彼女の顔がフィギュアスケーターの樋口新葉さんに似ていると言ったことがあります。顔もそうだが体型的にも似ていると。その樋口新葉さんはフィギュアスケーターとしては非常に珍しいグラマラスな体型であるといった話はしましたね」


「原告女性とはいつから面識があったんですか?」

「半年以上、1年は経ってないと思いますが」


「普段からよく話をされる関係だったんですか?」

「挨拶程度のことは会うたびに。でもこれは彼女に限りませんが。私は誰に対しても習慣的に声をかけるようにしてますので」


「貴方が原告女性と顔を合わせて会話をする機会はどのくらいあったのですか?」

「週に3~4回行ってたので、100回くらいはあったと思います」


「挨拶をする中で、その他にも会話とかされたりしましたか?」

「あいさつ以外で覚えているのは明確に2つあります」


「どんな会話をされたんですか?」

「初対面の時、私が男子の更衣室にいる時に女子の更衣室から非常にやかましくロッカーを閉める音が聞こえてきました。一体誰だと思って外に出てさりげなく待っていたら、それが彼女で従業員としてはまずいのじゃないかと注意をしたことがあります」


「それが1回目。で、もう1回は?」

「Kスポーツジムのフロアーには体組成計があります。その測定を彼女に依頼したことがあります。結果を印刷すると100円かかりますが、手書きしてもらうと無料なのでそうしてもらいました。その時、感謝の気持ちで肩をポンと叩いたことがありました」


「今回の裁判の件で、目撃者として出廷された女性ですが、その方もKスポーツジムの従業員ですよね。その方との面識は前々からあったんですか?」

「はい、そうです」


「今回の件から何年くらい前からですか?」

「8年前だと思います」


「目撃者の方とは、普段から会話はされていたんですか?」

「一番、会話は多かった方ですね」


「どんな会話をされてたんですか?」

「挨拶から始まって、日常のたわいない会話をどちらからともなく出してきましたね」


「目撃者は窓口担当の方でしたっけ?」

「そうです。フロントデスクの長いカウンターのどっかに必ず居ました」


「ロッカーの鍵の受け渡しは目撃者の方とされるんですか?」

「チェックインの時に会員カードを受付係に渡して、受付係が入館許可登録を済ませたらロッカーキーを渡してくれます」


「それは目撃者の方が手渡しで渡してくれるんですか?」

「彼女もそうだし、他の従業員の方もいますけど」


「その時、貴方は殊更に目撃者を含む従業員の手を触ったりしていませんか?」

「全くそんな事はしていません」


「貴方は施設から要注意人物という扱いを受けているそうなんですが、心当た

りはありますか?」

「心当たりは、はっきりありますね」 


「どのようなものですか?」

「Kスポーツジムのやった事に対して不快感、納得できない事が何度かありましたので、クレームを店長につけようとしたんですが、彼は必ず居留守を使って他の人が対応してきたので、その方にクレームはつけました」


「どんなクレームをつけたんですか?」

「3~4回あるんですが、全部言った方がいいんでしょうか?」


 神野はクレームはすべて話したかった。

 だが、K弁護人の考えは少し違うようだ。




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